科学技術のアネクドート

チェックポイントの作用を阻害し、がんを治療

免疫細胞の一種「T細胞」
写真作者:Dr. Triche

がんの治療法として、手術、放射線、抗がん剤につぐ「第4の方法」と注目されているのが「免疫療法」です。ヒトは、体の外から入ってきたウイルスなどの異物や、体のなかで生じたがん細胞などの異常な細胞に対して、何種類もの細胞がそれぞれ役割をもって攻撃をしかける「免疫」というしくみをもっています。がんになると免疫のはたらきが弱まってしまうのですが、免疫療法では、本来の免疫のはたらきをとり戻してあげて、がん細胞を攻撃をしかけることをめざします。

がん免疫療法にはいくつかの種類がありますが、いまのところの代表的な方法が「免疫チェックポイント阻害剤」とよばれる薬を使った治療法です。

免疫チェックポイント阻害剤とは、「免疫のチェックポイントを阻害する薬」のこと。「免疫のチェックポイント」とはどういうものであり、それを「阻害する」とはどういうことでしょう。

チェックポイントとは検問所のこと。「どうぞ進んでください」と許されたり、「進ませないですからね」と止められたりします。そして、もしチェックの対象となるものに異常が見つかれば、当然「これ以上は先に行かせませんよ」となります。

免疫のチェックポイントというのは本来、免疫が過剰にはたらくときに「進ませないですからね」と、そのはたらきを止める役割をもつしくみをさします。免疫がはたらきすぎると体にアレルギーなどの異常をきたしてしまうので、このチェックポイントは大切です。

いっぽう、がん細胞というものは悪だくみをする道具をいろいろもっているもの。免疫チェックポイントに対しても「進ませないですからね」と、免疫のはたらきを止めさせる悪だくみをするのです。

がん細胞が使うその道具とは「PD-L1」(Programmed Death-Ligand 1)とよばれるもの。がん細胞はPD-L1を発現し、T細胞とよばれる免疫細胞に備わっている「PD-1」(Programmed cell Death1)という部分に結合させます。

PD-1に結合したPD-L1からは、PD-1が活性化することを抑える信号が発せられます。これにより、免疫チェックポイントでは、T細胞がはたらきすぎてもいないのに「進ませないですからね」と判断がくだされます。T細胞はがん細胞を攻撃する力を奪われてしまうわけです。これにより、がんは攻撃されることなく増えていくことに。

つまり、免疫チェックポイントの従来の作用とはちがい、がん細胞の悪だくみによって、免疫チェックポイントが、がん細胞にとって都合のよいように作用してしまうわけです。

この免疫チェックポイントが、がんにとって都合よいように作用してしまうのを「阻害」する薬が、免疫チェックポイント阻害剤です。

この阻害剤は、がん細胞が発現するPD-L1と免疫細胞のPD-1が結びつかないように邪魔をします。これにより、免疫細胞はチェックポイントで何者からも「進ませないですからね」と言われなくなり、はたらきをとりもどします。これにより、がん細胞を攻撃するようになるわけです。

免疫チェックポイント阻害剤の代表的な薬として、「ニボルマブ」が知られています。商品名は「オブジーボ」で、2014年に小野薬品工業から発売されました。

ニボルマブは、T細胞が備えているPD-1に強く結びついて、がん細胞のPD-L1がPD-1と結びつくことを邪魔します。これでPD-L1は、PD-1が活性化することを抑える信号を発せられなくなりますから、T細胞は元気に。ニボルマブのような、がん細胞に悪だくみさせぬよう、T細胞のPD-1に結びつく薬を「抗PD-1抗体」ともいいます。

免疫チェックポイント阻害剤は、どんな種類のがん細胞にも治療効果が認められているわけではなく、また、単独で使った場合にがん細胞が3割以上小さくなる率は10〜30パーセントだといいます。

ある病気に対する治療法つまり選択肢が増えるというのは、いろいろな患者を治療することを考えれば基本的にはよいこと。製薬会社どうしの薬の開発競争が進むなどして、薬の価格が安くなれば、より多くの患者が新たな治療薬を試せることになります。

参考資料
国立がん研究センター がん情報サービス 2017年3月31日更新「免疫療法 まず、知っておきたいこと」
https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/immunotherapy/immu01.html
apital 2017年8月6日付「広がる、がんの免疫療法 大きく分けて2タイプ」
https://digital.asahi.com/articles/ASK835QZPK83UBQU018.html
apital 2017年11月13日付「オプジーボは夢の薬? そのメカニズム、教えます」
https://digital.asahi.com/articles/SDI201711086974.html
オプジーボ「オプジーボ作用機序」
https://www.opdivo.jp/basic-info/action/
日本大百科全書「免疫チェックポイント」
https://kotobank.jp/word/免疫チェックポイント-1701066
伊崎聡志 、葉山惟大、照井正「ニボルマブの作用機序、効果、副作用と日本大学医学部附属板橋病院皮膚科での使用経験」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/numa/75/4/75_156/_pdf
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