科学技術のアネクドート

「科学ジャーナリスト大賞2017」に中国新聞の記者3名、低線量被曝を主題に連載


日本科学技術ジャーナリスト会議は(2017年)4月27日(水)、「科学ジャーナリスト賞2017」の贈呈作品を決めたことを発表しました。

大賞が贈られるのは、中国新聞編集局ヒロシマ平和メディアセンター記者 金崎由美さん、おなじく報道部記者の藤村潤平さん、それに馬場洋太さん。中国新聞で2016年3月から11月にかけて連載された「グレーゾーン 低線量被曝の影響」に対するものです。

贈呈理由を、「科学的な見方が分かれる低線量放射性被曝の健康影響について、地道にきめ細かい取材を通じて多角的に迫った労作。被爆地の新聞ならではの、原爆被爆と福島原発事故による被曝とのつながりを求めつつ、バランスのとれた丁寧な取材が光っている」としています。

また、賞は2017年度は3件。

早稲田大学政治経済学術院教授の瀬川至朗さんに贈られます。筑摩書房から刊行された『科学報道の真相 ジャーナリズムとマスメディアの共同体』の著作に対して。

贈呈理由は、「STAP細胞報道や福島原発事故報道の失敗、地球温暖化に対する報道の揺らぎ、その3つをテーマに科学報道の特色を分析し、その在り方を考察した好著。科学ジャーナリストを目指す人にとっては格好の教科書となろう」というものです。

また、NHK取材班代表、NHK広島放送局放送部副部長の松永道隆さんにも賞が贈られます。NHK出版から刊行された『ゲノム編集の衝撃「神の領域」に迫るテクノロジー』の著作に対してです。

贈呈理由は、「『ゲノム編集』の将来性をいち早く見抜いて、早くから海外取材にも取り組み、この技術が社会に及ぼす計り知れない影響について、分かりやすくまとめた好著である。素朴な疑問を積み重ねていく取材態度がとりわけ高く評価された」というもの。

また、NHKエデュケーショナル特集文化部ディレクターの佐々木健一さん、統括プロデューサーの高瀬雅之さん、NHK編成局コンテンツ開発センターエグゼクティブ・プロデューサーの丸山俊一さんにも賞が贈られます。2016年5月2日に放送された「ブレイブ 勇敢なる者「Mr.トルネード 気象学で世界を救った男」の番組に対してです。

贈呈理由には「若くして渡米し日本ではあまり知られていない気象学者、藤田哲也博士の業績を分かりやすく紹介した作品。航空機落下事故の原因としてダウンバーストを最初に主張し、今では広く認められているが、その背後に、学生時代に調査にあたった長崎原爆の爆風調査があったという事実は圧巻だ」とあります。

科学ジャーナリスト賞は、科学技術に関する報道や出版、映像などで優れた成果をあげた人を表彰するものです。社会的なインパクトがあることを重視して選考されます。今回で12回目。

応募作品は、新聞3、書籍38、雑誌3、映像25、画像2、企画展示2の計73作品でした。

受賞者のみなさん、おめでとうございます。

日本科学技術ジャーナリスト会議の発表「『科学ジャーナリスト賞2017』の受賞作品が決まりました」はこちらです。
http://jastj.jp/#20170426
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
クロックをめぐり「ムッシュー」が先か「マダム」が先か

街の喫茶店やパン屋には、いろいろと小洒落た惣菜パンがおかれています。

「クロック・ムッシュー」や「クロック・マダム」などという名札が立てられた惣菜パンも見られます。

クロック・ムッシューは、ハムとチーズをパンではさんで表面を焼いた、温かくして食べるサンドイッチのこと。パンとパンの間から溶けでるチーズが食欲を誘います


クロック・ムッシュー
写真作者:Andrew Mager

いっぽう、クロック・マダムはというと、クロック・ムッシューの上に、半熟の目玉焼きなどを乗せた、温かくして食べるサンドイッチのことをいいます。


クロック・マダム
写真作者:Ron Dollete

よく考えてみれば、「ムッシュー」はフランス語で、紳士などによびかける「ミスター」のようなことば。そして、「マダム」は、おなじくフランス語で「婦人」といったことば。おなじ温めるサンドイッチで、男性と女性に対するよび名が使われているわけです。

まず、クロック・ムッシュー(croque-monsieur)の「クロック」は、フランス語で「カリカリ」といった音の擬音語といいます。ですので、クロック・ムッシューは、さながら「ミスター・カリカリ」といったところでしょうか。

ちなみに、日本での洋食「コロッケ」も、フランス語で「カリカリと音を立てて噛む」の意味の“croquer”(クロッカー)が転じて、食べものの“croquette”(クロケット)となり、これが日本で「コロッケ」とよばれるようになったという説もあります。

では、どうして、クロック・ムッシューに半熟卵を乗せたものが、クロック・マダムとよばれているのか。これには単純に「ムッシュー」と名づけたサンドイッチがあるので、それと区別するために「マダム」をつけるようにしたという説があります。

ただし、先にクロック・マダムがまずあって、半熟卵を乗せない簡易型のサンドイッチが誕生し、これが区別のためにクロック・ムッシューとよばれるようになったという説もあるようです。

参考資料
マダムTOMATOの“グルメ・ガーデン”「Pain perdu au fromage Croque Madame クロックマダム」
http://www.franco-japonais.com/tomato/recettes/186_croque_mme.php
フレンチとイタリアン「クロックムッシュー(仏croque-monsieur)クロックマダム(仏croque-madame)」
http://hiro-french-italy.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-ccfc.html
ウィキペディア「クロケット」
https://ja.wikipedia.org/wiki/クロケット

| - | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0)
冷たくなくても「冷たい」
冷たい氷や水ではないのに、口に入れると「冷たい」と感じる食べものがあります。むかしは「クールミントガム」、いまでは「フリスク」あたりがその代表格でしょうか。多くは嗜好品として食べられています。

これらの食べものから「冷たい」と感じられるのは、そうした作用をもつ成分があるからです。その成分を「メントール」といいます。クールミントガムには包袋に「天然メントール使用」と記されてあります。フリスクには「香料」とだけありますが、おそらくはメントールかその類がふくまれていることでしょう。

メントールは、炭素原子10個、水素原子20個、酸素原子1個からなる無色の結晶で、テルペン系アルコールとよばれるアルコールの一種です。自然の世界から得られるものは薄荷脳(はっかのう)とよばれ、植物のハッカや、またペパーミントともよばれるセイヨウハッカなどから得ることができます。


ハッカの葉

メントール入りの食べものを口にすると、どうして冷たいと感じるのか。そこには、からだの「温度受容器」とよばれるしくみがかかわっています。

温度受容器は、温度を刺激として受けとり、それを脳に伝えるためにからだに備わっている器官のこと。タンパク質でできています。ヒトをふくむ哺乳類には、温度により活性化する受容器が9種類ほどあります。17度以下で活性化する温度受容器から、43度以上で活性化する受容器まで揃っているため、冷たい、ぬるい、温かい、熱い、と順に感じることができるといいます。

温度受容器のひとつに、25度から28度ぐらいの温度を刺激として受けとる「TRPM8(トリップエムエイト)」とよばれる受容体があります。このくらいの温度は低い部類に入るため「冷受容器」ともよばれます。

このTRPM8は、25度から28度ぐらいの温度の刺激で活性化するだけでなく、じつはメントールを刺激として受けることによっても、おなじように活性化することがわかっています。TRPM8が受けた刺激は、脳で「冷たい」と感じるものであるため、メントールの刺激を舌の受容器が受けることによっても「冷たい」と感じるわけです。

さらに、メントールと、25度から28度ぐらいの冷たい刺激を同時にTRMP8が受けると、活性化しはじめる温度が高くなるそうです。つまり、メントールの刺激が加わることで、ふだんより高い温度でも「冷たい」と感じるようになります。

参考資料
富永真琴「温度受容のしくみ」『サイエンスネット』
https://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/42/sc42-1.pdf
富永真琴「温度を感じるしくみ――受容体分子の発見」
https://www.soken.ac.jp/file/disclosure/pr/publicity/journal/no10/pdf/p40-45.pdf
ブリタニカ国際大百科事典「メントール」
https://kotobank.jp/word/メントール-142003
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
和太鼓の音に胎児のころの記憶


和太鼓を叩く音色を聞いていると、表現しがたいような「懐かしさ」を感じる人がいるといいます。なかには「なにか」に感動して、和太鼓の演奏中に涙がこぼれてくる大人の観賞者もいるといいます。

どこまで学術的に明かされているかはべつとして、この表現しがたい和太鼓のひびきの「懐かしさ」には、観賞者の胎児のときの“経験”が関係しているという話があります。

太鼓を打つと「ドーン」と音がします。この音は、さまざまな高さの音が混ざりあって、ひとつの音に聞こえているもの。音の高さは「周波数」で表すことができます。

周波数は、音波などの周期のある波の毎秒のくりかえし数のこと。毎秒でのくりかえし数が多くなるほど音は高くなり、逆にくりかえし数がすくなくなるほど音は低くなります。

実際、和太古の周波数を測ってみると、150ヘルツを頂点として、500ヘルツほどまでのさまざまな周波数の音が混ざっているというデータが得られたという調査もあるようです。

では、胎児のときの“経験”とはなにか。太鼓を打つことで発する音のなかには、胎児が母親のお腹のなかで用水を通じて聞く心臓の拍動音と通じる周波数があるとする話があります。

そのため、和太鼓の響きが思わず懐かしくなって、つい涙がこぼれる大人が現れるといいます。また、幼い子どもが和太鼓の音を聞いていると、すやすやと眠りだすことがあるともいいます。これも、胎児のころの経験がかかわっているともいわれています。

実際、胎児のころの感覚をよびさますことができるかどうか。和太鼓の音を聞いてみたら、確かめることができるかもしれません。

参考資料
科学散歩 いにしえの心「紀貫之『古今和歌集』『仮名序』」『サイエンスウィンドウ』2012年10〜12月号
http://sciencewindow.jst.go.jp/html/sw47/sr-stroll
聴覚障害者に音楽を!「太鼓の周波数」
http://uselabo.net/MusicForDeaf/taiko_freq.htm
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
シャベル先端のかすかな動きを皮膚のしくみで感じる


ヴァイオリン奏者は演奏に長けていくと、あたかも手で持っている弓が自分の手の一部のような感覚になるとといいます。プロ野球の打者にとっても、バットはおなじようなものかもしれません。

「道具が手の一部になる」という感覚を身近な道具でも感じることができます。

地面に土と砂利の両方があるような場所で、シャベルを手に持ちます。あるいは、公園の砂場と硬い地面といった場所でもよいでしょう。そうした場所で、土と砂利、あるいは砂と地面を交互にシャベルで掘ります。

土をシャベルで掘れば、それが手に伝わって「土を掘っている」と感じるし、砂利をシャベルで掘れば「砂利を掘っている」と感じるはずです。

シャベルの大きさはたいてい10センチ以上はあります。遠く離れた“現場”のごくわずかな動きの感覚が、シャベルという道具を通じて、指先まで伝わっていることになります。

こうした道具の先端の機微な動きを指先が捉えられるのは、「パチニ小体」とよばれるからだの機能のなせる技と説明されています。


パチニ小体

パチニ小体は、皮膚に見られる機械受容体のひとつ。たまねぎを縦に裁断したときの断面のようなかたちをしていて、ひとつの指に300個ほど、このパチニ小体があります。

わずかに皮膚が0.00001ミリメートル動いただけでも、このパチニ小体は、その動きを感じることができます。シャベルの先端が当たっているものが土であるか、砂利であるかにより、シャベルの動きがわずかに異なっており、そのわずかな動きの差を、パチニ小体が敏感にも分別しているということになります。

ただし、パチニ小体は皮膚の動きに対してはとても敏感ながら、皮膚が動いた場所についてはとても鈍感。そのため、「とにかくなにかが動いている」ということを感じることには長けている皮膚のしくみといえます。

参考資料
デイヴィッド・J・リンデン著、岩坂彰訳『触れることの科学』
https://www.amazon.co.jp/dp/4309253539
ウィキペディア「パチニ小体」
https://ja.wikipedia.org/wiki/パチニ小体
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「スパイスチャンバー」のキーマカレー(辛)――カレーまみれのアネクドート(95)


「キーマ」はヒンディー語で「細かいもの」の意味だそうです。ひき肉をそぼろのように炒って細かい具にし、ルゥの水気を飛ばしたカレーが「キーマカレー」です。

キーマカレーというと、関東近辺では「カフェハイチ」や「パク森」のように、食べてからじわじわと辛さが伝わってくるカレーが多いかもしれません。それらは、全体の味としては「まぁまぁ辛い」といったところになるでしょうか。

いっぽう京都には「(辛)」を標榜するキーマカレーがあります。四条烏丸の南西、白楽天町にある「スパイスチャンバー」のキーマカレーです。

雑居ビルの1階。間口は狭く奥ゆきは深いかまえ。そして、店の前には、黒い背景に黄色で、縦に「カレー」と書かれた看板が置かれています。「カレー」の書体は、払いや跳ねがとがっていて刺激的な印象です。

べつの小さな黒板には「キーマカレー(辛)」の文字。もともとこの店には、キーマカレーのほか「三代目チキンカレー」という品もあるようです。チキンカレーよりキーマカレーのほうが辛いので「キーマカレー(辛)」と強調していたものの、いまチキンカレーのほうは出していないため、「キーマカレー(辛)」のみが黒板に書かれているといった経緯のようです。

店内は、7席のカウンター席と厨房が向かいあうかたち。厨房側の壁には30種類以上の香辛料を入れた容器が並んでいます。そして、外の室町通に面するところにはキーマカレーのルゥが入った寸胴、そしてふたつの焜炉にフライパンがひとつずつ。注文を受けてから、あらためて寸胴に入ったルゥをフライパンで炒めて、水分を飛ばしたり味を仕上げているようです。

キーマカレーの味は「(辛)」とあるように、カレー店で出されるキーマカレーとしては相当に辛いほう。食べた瞬間の辛さと、食べたあとにじわじわくる辛さと、両方が混在しています。添えものでかならず出されるニンジンとキャベツの酢漬けが、舌で感じる辛さをいくぶん和らげます。

ひき肉以外の具で特徴的なのは、梅干しがひとつ添えられていること。この梅干しをどのタイミングで食べるかは客によりけりのようです。ほかに細切りにした緑のピーマンと赤のパプリカが彩りを増やします。

カレーや添えものが来るまえに出される水の容器は大きめ。これも客が辛いキーマカレーを食べるうえでの店側の心くばりといえそうです。

「スパイスチャンバー」のホームページはこちら。
http://spicechamber.com
「スパイスチャンバー」の食べログ情報はこちらです。
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26015938/
| - | 12:44 | comments(0) | trackbacks(0)
工学を学んだ日本人が工学を教える――工学を知る(4)
工学の目標は「人類の幸福」――工学を知る(1)
分野や対象に応じて「何々工学」――工学を知る(2)
「工学寮」が日本の工学はじまりの場所――工学を知る(3)

山尾庸三らによる建議により、明治政府の省庁のひとつである工部省には1871(明治4)年、日本人が工学の技術や知識を身につけるための教育機関「工学寮」が置かれました。なお、山尾は工学寮の責任者にも就きました。そして、1877(明治10)年には、工学寮は「工部大学校」と改称されました。


工部大学校

工学寮時代から工部大学校時代にかけて、日本人を教える教師の一人として招かれた外国人のひとりが、ウイリアム・エドワード・エアトン(1847-1908)です。

エアトンは1873(明治6)年、工学寮の教師に就くと、電信科などで教えを施しました。なお工学寮の当初の学科には、土木、機械、電信、造家、採鉱、実用化学の6科がありました。また、工部大学校では当初、土木、機械、電信、造家、鉱山、化学、冶金の7学科がありました。

エアトンは、実験などの実践的な内容に重きをおいて教えを授けたとされています。電信科の第1期生の教え子たちは20人強。なかでも、志田林三郎(1855-1892)は、もともと数学などの成績に長けており、電信科では首席となりました。志田は1879(明治12)年、工部大学校を卒業し、英国のグラスゴーへ留学。エアトンにとっての師でもあったロード・ケルヴィン(1824-1907)に師事し、当地でさらに数学や物理学を学びました。

そして帰国後、志田は今度は指導者として、工部大学校の教授となったのでした。工学を学んだ者が、次世代の人たちに工学を教えるという、知の還元の原型がここに見られます。

なお、志田は1888(明治21)年、東京でおこなわれた電気学会の第1回総会で、「電気通信の未来予測」という題で講演し、「一本の電線により毎分数百語の速度で同時に複数の音声を送受信する時代が来るであろう」「数百里離れた場所で演じられる歌や音楽を、東京に居ながらにして楽しむ日がくるであろう」などと、計9つの技術革新の予想を示しました。この演説は「伝説」と讃えられています。しかし、1892(明治25)年、志田は突然に体力が衰えて、かえらぬ人となりました。

この間の1886(明治19)年、工部大学校は東京大学工芸学部と合併し、帝国大学工科大学になりました。このときには、土木工学、造家学、機械工学、造船学、電気工学、採鉱及冶金学、応用化学の7学科がありました。

さらに、1919(大正8)年、東京帝国大学工学部となりました。また、この年、京都帝国大学(いまの京都大学)、東北帝国大学(いまの東北大学)、九州帝国大学(いまの九州大学)にも「工学部」が設置されています。

こうして、日本で始まった「工学を教え、学ぶ」という営みは、国内の大学で展開されていきました。その延長線上の先端に、いまの大学における工学部や、大学院における工学研究科が存在していることになります。了。

参考資料
ブリタニカ国際大百科事「工学寮」
https://kotobank.jp/word/工学寮-61613
世界大百科事典第2版「工部大学校」
https://kotobank.jp/word/工部大学校-497306
「工学寮電信科から生まれた日本の電気」『東京大学工学部 ENGINEERING POWER』
ウィキペディア「工学部」
https://ja.wikipedia.org/wiki/工学部
| - | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0)
「工学寮」が日本の工学はじまりの場所――工学を知る(3)

工学の目標は「人類の幸福」――工学を知る(1)
分野や対象に応じて「何々工学」――工学を知る(2)

日本で「工学」という学問分野は、どのように始まったのでしょうか。江戸時代以前から日本にも、さまざまなものをつくるための「技」はありました。しかし、そうした「技」を知識化し、学問の一分野にした「工学」の誕生は、明治時代の幕開けを待たなければなりませんでした。

科学史家の村上陽一郎さんが著書『工学の歴史と技術の倫理』で「キーマン」と称している人物に、長州(いまの山口県)出身の山尾庸三(1837-1917)がいます。

もともと山尾は天皇を尊崇し、外国人を排斥しようとする尊王攘夷派と知られていましたが、突然、欧化主義に転向し、1863(文久3)年、密航のかたちで伊藤博文らとともに英国に留学し、グラスゴーの造船所で造船技術を得たり、夜間学校で鉱山学を学んだりします。

1868(明治元)年、新政府が立ちあがったことを聞いた山尾は帰国し、政府の役人になりました。山尾は技術のための学校をつくることをめざしました。1870(明治3)年には政府に殖産興業政策推進のため「工部省」という機関が設置されました。この工部省の下に、学校をつくろうと考えたのです。


山尾庸三

山尾の構想からほどなくして、工部省には「工学寮」が置かれました。1873(明治6)年には、この工学寮に「大学」が置かれ、1877(明治10)年には、この教育機関が「工部大学校」と改称されました。

山尾には、「たとえ為すの工業なくも、人を造らば其人工業を見出すべし」という考えがありました。つまり人材が工業をつくりだすのだということです。では、工業をつくりだす人材をどうつくるか。山尾の考えは、明治政府の方針とだいたいにおいて一致していたようです。つまり、欧米から教師たる人物を招き、日本人の学生に技術や知識を学ばせる、ということです。

実際、工学寮には、英国の技師ヘンリー・ダイアー(1846-1918)ら9人の教師が招かれました。そして、「大学」では土木、機械、電信、造家、採鉱、実用化学といった科目が置かれました。いまの工学の各分野につながる知識を教育機関で学ぶというこのかたちは、日本における工学のはじまりといえるものです。


ヘンリー・ダイアー

工学寮、そして改称後の工部大学校は、さらに後に、東京大学工学部となります。つづく。

参考資料
村上陽一郎『工学の歴史と技術の倫理』
https://www.amazon.co.jp/dp/4000063103
ウィキペディア「山尾庸三」
https://ja.wikipedia.org/wiki/山尾庸三
ブリタニカ国際大百科事典「工学寮」
https://kotobank.jp/word/工学寮-61613

| - | 19:25 | comments(0) | trackbacks(0)
分野や対象に応じて「何々工学」――工学を知る(2)

工学の目標は「人類の幸福」――工学を知る(1)



工学は「人類の幸福」を究極の目標とする学問であるという考えかたがあります。また、真理の探求を目標とする理学の成果を使うことも、工学という学問のもつ側面です。

「人類の幸福」を探求するといっても、その分野も手段もさまざまあります。そのことを反映して、いま社会や大学では「何々工学」のように、「工学」のまえに扱う分野や対象を冠したよび方が多くあります。

「遺伝子工学」。遺伝子を操作する技術を使って、役に立つものをつくろうとする分野です。ジェネティック・エンジニアリングとも。

「宇宙工学」。宇宙開発や宇宙探査にかかわる、ロケット、人工衛星、惑星探査機などを設計また製作したり、運行させたりすることにかかわる科学や技術の分野です。

「化学工学」。化学反応により化合物の製品をつくるために、その計画をしたり、製造装置を設計したりすることにかかわる分野です。

「機械工学」。機械をつくったり使ったりすることにかかわる分野です。さらに、機械工学と結びつきの強い基礎的な学問分野として、機械力学、流体力学、熱力学などがあります。

「原子核工学」。原子核の性質やつくりを研究する原子核物理学を基礎として、原子力エネルギーの利用に重きをおいた工学の分野です。原子炉の設計なども研究対象に含まれます。

「原子力工学」。原子核工学とにていますが、原子力工学は核分裂や核融合を利用することにかかわる工学の分野とされます。具体的な研究対象は、原子炉、原子爆弾、プラズマなどとされます。

「材料工学」。材料の応用や開発をおこなうための分野です。新たな材料を開発したり、目標とする性質や性能を追求したりします。

「生産工学」。人、もの、設備などのシステムを効率化させるために工学の手法を使うことです。インダストリアル・エンジニアリングとも。

「生命工学」。バイオテクノロジー、あるいは生物工学とも。生物の営みである化学反応や、その機能を、ものをつくることなどに応用するための分野です。遺伝子組みかえや酵素を扱う技術などが含まれ、成果としては発酵、新たな品種の育成、環境浄化などがめざされます。

「船舶工学」。船をつくることについての理論や技術を研究する分野です。造船学ともいいます。

「通信工学」。電気通信により、音声や画像を伝える技術を研究する学問です。

「電気工学」。電気や磁気の現象をエネルギー源に利用するための理論や応用を研究する学問です。動力、熱、光、通信などを視野に入れています。

「土木工学」。土、木、鉄などを使って道、橋、鉄道、港湾、堤防、河川、水道などをつくるための工事、つまり土木工事にかかわる理論や実践を研究する分野です。

「ロボット工学」。ロボットを設計したり製造したり、また運転したりすることにかかわる研究をする分野です。

このように並べると、「何々工学」は、たとえば船舶工学のように「何々をつくるための工学」という意味と、電気工学のように「何々を使うための工学」という意味があることがわかります。もっとも、機械工学のように「機械をつくるため」と「機械を使うため」の両方が含まれている意味もありますが。つづく。

参考資料
デジタル大辞泉
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/
ナレッジステーション「日本の大学 工学」
http://www.gakkou.net/daigaku/search/bun_04.html

| - | 11:05 | comments(0) | trackbacks(0)
工学の目標は「人類の幸福」――工学を知る(1)



小学校、中学校、高校で習う科目のよびかたと、大学や大学院で学ぶ科目のよびかたにはちがいがあります。そのため、高校生にとって、学校での授業の内容から大学で学ぶ内容を想像するのがむずかしい分野もあります。

理系の分野では、「数学」は、高校までの教科にあるため、扱う内容のちがいこそあれ、察しがつきます。「理学」は、高校の教科でにたことばに「理科」があります。そして、理学ではだいたい物理学、化学、生物学、地学などが扱われるので、高校で習うことと結びつけて考えることはまだできます。

しかし、「工学」となると、高校の授業とはなかなか結びつきません。教科に興味のある高校生や中学生は、中学校の教科にある「技術・家庭」のなかの「技術」がそれに当たるのではないかと考えるかもしれません。まったく重ならないわけではありませんが、「技術・家庭」の「技術」は、実際にものをつくるなどの体験が重視されており、かならずしも「工学」全体を示すものとはいえません。

では、工学という学問の特徴はどのようなものでしょう。

国語辞典には「工学」とは「基礎科学を工業生産に応用するための学問。機械工学・土木工学・電子工学などのほか、人間工学などその研究方法を援用した自然科学以外の分野のものにもいう」とあります。

基礎科学とは、学問とくに自然科学の分野の基礎の部分を扱う学問のこと。よく基礎科学と理学はにたようなものと世の中では捉えられます。そんな基礎科学を、工業生産つまり製品や品物をつくることに当てはめるための学問こそが「工学」というわけです。

しかし、「理学は基礎研究、工学は応用研究」という区別を「かならずしも当たらない」する研究者もいます。

工学博士で東京大学大学院工学系研究科教授の堀浩一さんは、「基礎か応用かという意味では、工学と理学の境界はかなり曖昧です。工学部でもほとんど理学部とかわらない基礎研究も行われています」と述べています。

では、理学と工学のちがいはどこにあるのか。堀さんは、「学問のめざすところの究極の目標の違いにあります。 ややおおげさな言い方になるかもしれませんが、工学の目標は人類の幸福、理学の目標は真理の探求です」と述べています。

研究者がなにをめざしてその学問を専攻しているかを考えるとき、工学を研究する工学者たちは「人類の幸福」を、理学を研究する理学者たちは「真理の探求」をめざすというわけです。

「人類の幸福」と「真理の探求」の意味するところは大きく異なるので、わかりやすい分けかたといえそうです。そして、真理の探求で得られた成果を人類の幸福のために使うという関係性も、理学と工学のちがいを理解するうえでは明確です。つづく。

参考資料
デジタル大辞泉「工学」
http://dictionary.goo.ne.jp/srch/jn/工学/m0u/
堀浩一「工学と理学の違い」
http://www.ailab.t.u-tokyo.ac.jp/horiKNC/representation_units/9

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