科学技術のアネクドート

これまでは「東海林」でも、買いかえ直後は「庄司」
自分の使うコンピュータを買いかえるとき、すこし気がかりになるのが「データをうまく移せるか」ではないでしょうか。

アップルのMacOSのコンピュータには、新旧の2台を線か無線でつないでデータを自動的に移す「移行アシスタント」など、いくつかのデータ移行のしかたがあります。また、マイクロソフトのWindows OSのコンピュータでも同社の「ワンドライブ」というデータ保存クラウドサービスを使うなどして、データをなかば自動的に移す方法があります。

ただし、データがそっくりそのまま移るわけではありません。そのため、古いコンピュータでいままであたりまえのようにしていた作業を、新しいコンピューターでもそのままあたりまえのようにすると、思わぬ痛い目にあうこともあります。

ひとつの例は、ひらがなの文字を漢字に換えてくれる「漢字変換」についてのものです。

近ごろの漢字変換ソフトウェアには、コンピュータの使い主の漢字変換のしかたを学習し、最適な変換候補を予測するといった技術が入っています。たとえば「きょうと」と打つ人が、よく「京都」と変換していれば「今日と」や「教徒」よりも「京都」が上にくるようになるといったもの。

しかし、データを移しかえたあとの漢字変換ソフトでは、多くの場合、その学習内容までは移されていないようです。古いコンピュータを使っていたとき、変換で上にきていた漢字の語が、新しいコンピュータではかならずしも上にくるわけではありません。

コンピュータを買いかえたという、ある人物は「こんな痛い目に遭いました」とみずからの経験を話します。

「とてもお世話になっている、東海林(しょうじ)先生という方がいましてね。『しょうじせんせい』と打てば『東海林先生』がいちばん上にきていました」

「ところが、パソコンを買いかえて、はじめて先生にメールを出したときのこと。先生からのご返事で『私は庄司ではなく、東海林ですよ』とご指摘をいただいてしまったんです」



その漢字変換ソフトでは、初期には「東海林」よりも「庄司」のほうが上にくるため、買いかえた直後のコンピュータでも「庄司」と変換されてしまったもよう。しかし、その人は「『しょうじ』と打てば『東海林』と出る」ことにあまり慣れてしまっていたため、「庄司」と変換されていたことに気づかず、東海林先生にメールを送信してしまったというわけです。

「古いコンピュータでは自動変換されていた。頭のなかでも自動変換されていた。新しいコンピュータだけは自動変換されていなかったわけです」

だれかにむけてなにかを書くときには、いつも初心に返ることができればよいもの。実際はなかなかそうもいきません。けれども、買いかえた直後のコンピュータを使うときにはとくに注意が必要といえます。
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日本人の4人に1人は地下水飲み


水は重力に逆らわず低いところに落ちていきます。また、わずかなすき間があるところにもしみこんでいきます。

このことからすると、「地下水」の存在は、そうめずらしいものではないともいえそうです。

地下水とは、一般的に地下の岩石の割れめや、地層のすき間を満たしている水のこと。雨水が地面のなかに浸みわたっていき、地下水がたくわえられます。では地球の奥深くまで水が降りていくかというと、そうはなっていないもよう。地下のある深度のところには、もうそれ以上は水がしみこまない「飽和層」という層があり、水はそこにたまるといいます。

日本地下水学会の説明によると、日本では約4分の1の人が地下水を水道水として使っているとのこと。残りのほとんどは川や湖などにある地表水を使っていることになるでしょうが、4人に1人は地下水を使っているという事実に「意外と多いな」と感じる人もいるのではないでしょうか。

東京にも地下水はあります。ただし、昔のほうがよく使われていたようで、多摩川や荒川などの低地帯や、谷ぞいの地には、昭和時代の初期まで、地下水が地表に噴きでる「自噴井(じふんせい)」という井戸が見られたといいます。1932(昭和7)年には、府中市にあるいまの東京競馬場の深さ62メートルの井戸から、地下水が高さ1.8メートルまで噴きあがったという記録もあるそう。

しかし、地下水を得られるところに人が多く住むようになると、地下水をくみすぎて地盤沈下が生じるといった問題も起きるようになります。そこで、自治体によっては条例をつくり、井戸のつくりを定めたり、揚げる水の量に制限を設けたりしています。

地層がろ過の役割を果たすため、一般的に地下水は消毒するだけで飲めるもの。長いこと、岩石などのなかで眠っているため、無機塩類を多くふくんだ“おいしい水”になります。

地下水もまた、使いつづけられる状態を保ちながら使うべき資源のひとつといえます。

参考資料
ブリタニカ国際大百科事典「地下水」
https://kotobank.jp/word/地下水-95886
日本地下水学会「地下水の方が、地表水よりも飲料水に適している理由は何ですか?」
http://www.jagh.jp/jp/g/activities/torikichi/faq/23.html
新藤静夫の地下水四方山話「地下水研究50年史 武蔵野台地の地下水(4)」
http://www.jkeng.co.jp/file/column012c.pdf
府中市 2019年1月10日更新「地下水の揚水規制」
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/kurashi/sekatu/kogai/yousui.html
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書評『武蔵野』
「武蔵野」ということばやその響きから、どのような風景を思いうかべるでしょうか。

『武蔵野』国木田独歩著、新潮文庫、1949年、362ページ


さまざまな地域には、「どこどこといえば……」といった人びとの抱く原風景のようなイデアがある。その原風景は、たとえ歳月が経って実風景が変わりはてたとしても、人びとの心のなかにどこか残りつづけるものかもしれない。文学作品として刻まれているとすればなおさらのことだ。

「武蔵野」に対する人びとのイデアは、小説家の国木田独歩が結びとめてきた。同名の短編小説によって。独歩は1871(明治4)年に生まれ、27歳の1889(明治31)年に「今の武蔵野」(のちに「武蔵野」と改題)を発表する。千葉県銚子で生まれ、幼少から青年期にかけてを山口県山口で過ごし、1887(明治29)年9月9日から翌1888(明治30)年3月21日まで、東京渋谷村の「小さな茅屋」に居を構えていた。その期間、都会から離れては武蔵野に座し、自然の美しさに思いを巡らせたのだった。

航空写真もない時代、独歩は武蔵野の特徴を鳥瞰的に描写ししている。

「即ち野や林やら、ただ乱雑に入組んで居て、忽ち林に入るかと思えば、忽ち野に出るという様な風である。それが又た実に武蔵野に一種の特色を与えて居て、ここに自然あり、ここに生活あり、北海道の様な自然そのままの大原野大森林とは異て居て、その趣も特異である」

広い武蔵野を歩きまわったからこそ、描ける風景といえよう。そんな林と野が入りくんだ景色は、独歩を飽きさせなかった。「自分は武蔵野を縦横に通じている路は、どれを撰んで行っても自分を失望させないことを久しく経験して知て居るから」とも述べている。

当然ながら、いまにくらべれば、明治期の武蔵野にはみどりが豊かにあったにちがいない。だが、「都市に対する郊外」つまり「都心に対する武蔵野」という感覚は、いまも昔も相対的にはそう変わらないものなのかもしれない。独歩はこんなことも述べている。

「斯様な町外れの光景は何となく人をして社会というものの縮図でも見るような思をなさしむるからであろう。……更にその特点を言えば、大都会の生活の名残と田舎の生活の余波とが此処で落合って、緩かにうずを巻いて居るようにも思える」

100年以上も前から、武蔵野は大都会の脇に座っていたのだ。その位置づけを決定的なものにしたのが独歩の「武蔵野」でもあるのだが。

新潮文庫『武蔵野』には、「武蔵野」をはじめ18本の短編がまとめられています。こちらでどうぞ。
https://www.amazon.co.jp/dp/4101035016
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「とんきち」のジャンボ! カツカレー――カレーまみれのアネクドート(116)


カツカレーの“主従関係”にはさまざまなものがあります。

要素としてあるのは、カレーソース、カツ、ライス、それにカツ以外の具材といったところ。「カツカレー」といってもカレーですので、たいていの場合、カレーソースが“主”となり、カツをふくむほかの要素は“従”になるもの。カツもあくまで、具材のなかでは目玉となる存在といった位置づけになりがちなものです。

しかし、店によっては、明らかにカツが“主”となるところもあるもの。東京・府中市本宿町にある「とんきち」のジャンボ! カツカレーもそのひとつといえましょう。

店は、ひれかつやロースかつなどのカツを定食で出すとんかつ屋。甲州街道ぞいに建つ趣ある店で、開店は1974年といいますから45年ほどの歴史があります。

献立を見ると、ほかにもチキンカツ、カキフライ、クリームコロッケなどの揚げものの定食が充実しています。その献立表を裏がえすとあるのが「とんきちカレー 大人気!」の見だしのもとにある、カツカレーなどのカレー料理の献立。「カツカレー」の類は「ジャンボ! カツカレー」「ジャンボ大盛り! カツカレー」「カツカレー」「納豆カツカレー」「チーズカツカレー」「メンチカツカレー」。やはりカツカレー類が充実しているようです。

写真の「ジャンボ! カツカレー」は、直径40センチメートルにもなろうかという大きさの白皿に盛られたカツカレーライス。野菜サラダと味噌汁がついてきます。

カレーソースがかかったライスの上に乗るカツはじつに堂々としています。カツ定食などにも使われるであろうカツがそのままカツカレーに使われているのでしょうか。巷のチェーン店にあるような、チキンカレーや野菜カレーなどの顔ぶれのひとつとしてあるカツカレーとは、カツが明らかにちがいます。

カレーソースはややさらさらしていて、味はさほど辛くなく、主張は強くありません。ライスによく染みこんでいます。白ソースがかかっている点は特徴的ですが、こちらも隠し味といった程度。カツよりもさきに、まずカレーソースとライスだけを食べた人は「ソースとライスはあくまで脇役といったところだろうか」と感じるかもしれません。

その感じかたは、カツを食べたときに「やっぱりそうだったのか」となります。厚みのあるカツは、衣ごとスプーンでかんたんにちぎれるほど柔らかい。肉の味はさっぱりとしていますが、それがほどよい味のソースとよくなじみます。肉の白い部分にソースをかけて食べると、ソースとカツの相性のよさがさらに感じられるでしょう。まさに「カツカレー」。

堂々たるカツを主役とすれば、皿の大きさや、ソースやライスの量の多さは、カツの大きさとの均衡をとるためといえそうです。この店が扱うカツを中心に据えると、必然的に「ジャンボ! カツカレー」ができてしまうのではないでしょうか。

「カツをカレーで食べたい」と望んでいる人にとってはうってつけの店です。

「とんきち」の食べログ情報はこちらです。
https://tabelog.com/tokyo/A1326/A132602/13099105/
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「あますところなく枯木に雪の花が咲く」と解釈
「雪やこんこ」の歌詞ではじまる童謡「雪」は、1911(明治44)年に初めて教科書『尋常小学唱歌』の第二学年向けとして世に出たとされます。作詞者も作曲者も「不詳」とされています。ほかの尋常小学唱歌もですが、文部省(いまの文部科学省)が「名を出さず、口外もしない」という契約で作者に歌をつくらせたことが背景にあるともいわれています。

「雪」でよく話題になるのは「ゆきやこんこん」でなく「ゆきやこんこ」であるという点でしょう。ただし、国語辞典には「こんこん」は載っているものの「こんこ」は見つかりません。「雪や来む来む」つまり「雪よ来い来い」が「雪やこんこ」の意味であるという説が強いようです。

2番のほうがよく知られるようになってしまった歌でもあります。「降っても降って まだ降りやまぬ。犬は喜び庭駆けまわり、猫は火燵で丸くなる」という歌詞です。犬と猫の行動の対比がうまい具合に描かれていて、歌う人や聞く人の印象に残るのでしょう。

1番は、やや2番の後塵を拝しているといったところでしょうか。「降っては降っては ずんずん 積もる。山も野原も 綿帽子かぶり、枯木残らず 花が咲く」と歌われます。

「山も野原も 綿帽子かぶり」のところは、結婚式で和装のお嫁さんがかぶる綿帽子のように雪が野原を覆いかくしているといっているのですから、相当な積雪量といえそうです。この写真の景色ぐらいでしょうか……。



より想像力をはたらかせるのが、つづく「枯木残らず 花が咲く」です。解釈はさまざまでしょうが、雪のことを歌っているのだから「花が咲く」は、木々の枝などに積もった雪を「花」に見たてているととるのが適切そうです。また、「枯木残らず」は「あますところなく枯木には」といった意味がふさわしそうです。こんな写真のようなようすでしょうか……。



長調で明るく歌われることもあり、全体としては子どもが雪降りを楽しんでいるような雰囲気を醸しています。

ただし、1番で「ずんずん積もる」のに加えて、2番では「降っても降ってもまだ降りやまぬ」のですから、たとえ雪国でのようすだとしても豪雪級の雪の量といえるのではないでしょうか。とにかく雪景色にあこがれる、非雪国出身者がつくったのかもしれないなどと想像をかきたてます。

参考資料
Wikisource「雪(童謡)」
https://ja.wikisource.org/wiki/雪_(童謡)
ウィキペディア「尋常小学唱歌」
https://ja.wikipedia.org/wiki/尋常小学唱歌
若井勲夫「童謡・わらべ歌新釈(上)」
https://ci.nii.ac.jp/naid/110006622356
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「重イオンビームに陸上養殖、『ワカメの革新』進む」



ウェブニュース「JBpress」で、きょう(2019年)2月15日(金)「重イオンビームに陸上養殖、『ワカメの革新』進む 日本の縁深き海藻、その歴史と現在(後篇)」という記事が配信されました。

ワカメはとりわけ日本人にゆかりの深い海の幸ですが、戦後からいまにかけて、まさに技術革新が進んでいます。戦後の1955(昭和30)年に、ワカメの養殖法が確立されました。そして、2000年代に入り、ワカメの育種や養殖の方法に技術革新が起きているのです。

記事で紹介されている理化学研究所仁科加速器科学研究センターイオン育種研究開発室の研究者たちは、「重イオンビーム」という線を使ったワカメの育種にとりくんでいます。加速器という装置で、原子のイオンを高速のビームにし、ワカメの受精卵などに照射。これにより、デオキシリボ核酸(DNA:DeoxyriboNucleic Acid)にふくまれる遺伝子の変異を引きおこします。そのなかから、大きく育つなどの人間にとって利点となる特徴が備わったワカメを選び、養殖などをしていくわけです。動画もあります。

また、研究の過程で「浮遊式回転陸上養殖装置」という水が複雑な方向で循環する水槽も開発したとのこと。これにより、生活環を通じてワカメを育てることができるようになりました。こちらも動画で見ることができます。

理化学研究所との共同研究で、浮遊式回転陸上養殖装置を使って、ワカメ養殖の新たな産業化を進めているのが、理研ビタミンや、その子会社の理研食品といった企業です。岩手県の三陸地方で採れたワカメから、早生のワカメや晩生のワカメをつくりだすなどのとりくみをしています。

「理化学研究所」に「理研ビタミン」に「理研食品」。みんな「理研」の名がつきますが、これは偶然とはいえなさそうです。理研ビタミンは1949年に「理化学研究所から、ビタミンA部門を引き継いだ、理研ビタミン油株式会社」(同社サイト)を端緒とするもの。もともとは、理化学研究所の一部門だったわけです。

いっぽうは研究所としてありつづけ、いまに至ります。もういっぽうは企業となり食品をつくったり売ったりしてきました。しかし、学術と産業の密な連携による研究や技術開発がいまも続いているようです。その連携の成果も記事では垣間みられます。

「重イオンビームに陸上養殖、『ワカメの革新』進む」の記事はこちらです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55473

また、前篇の「神事にしきたり、ワカメと絡み合う日本人の食生活」では、日本人とワカメの関わりの歩みを追っています。こちらです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55411

これらの記事の取材と執筆をしました。

参考資料
理研ビタミン「Aから始まる理研ビタミンストーリー」
https://www.rikenvitamin.jp/corporate/history/

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全体像も、ほしいものも「目印」あるからこそわかる

画像作者:greyloch

それは、Aなのか、Bなのか、Cなのか……。人は、あるものとほかのものとのちがいを見ることで、それがどの型あるいは種類に当てはめられるかを求めます。型や種類を分けることができれば、ものごとの状況を整理できるし、「それがAならこうする」「Bならこうする」「Cなら……」と、その後の行動を定めることもできるからです。

こうした識別をするときには、「目印」の存在が便利です。たとえば、カードゲームのスペード、ハート、ダイヤ、クローバーは目印ですし、運動選手のゼッケン番号も目印です。すべてのカードにマークがなかったり、選手にゼッケン番号がついていなかったりしたら不便でしょう。

生命科学の分野でも「目印」の存在は、さまざまな作業をするとき便利なものとなります。

生命科学で使われる「目印」の一例が、DNAマーカーとよばれるもの。遺伝子の部分をふくむデオキシリボ核酸(DNA:DeoxyriboNucleic Acid)のなかに「目印」があり、それを使うと遺伝子の「地図」をつくれたり、個体のなかにほしい遺伝子があるかを調べたりすることができます。

DNAマーカーとなる部分では、塩基という物質をつくる「A(アデニン)」「T(チミン)」「G(グアニン)」「C(シトシン)」の4文字の並びかたに個体差があります。個体差が生じるからこそ、それは「目印」となるわけです。

たとえば、ある特定のDNAマーカーの部分を見ると、ある個体のものでは「AAA」となっており、またある個体のものでは「AAT」、またある個体のものでは「ATG」となっていることでしょう。型がいろいろとあることを「多型性がある」ともいいます。

DNAマーカーに着目して、「このDNAマーカーはAAAタイプだ」「これはAATタイプだ」などと見分けられれば、そのDNAや、ご主人さまである個体についての、特徴的な情報を得られるわけです。もちろん、ただ1個のDNAマーカーに着目しただけでは、AAAとAATとATGの3種類といったわずかな特徴の情報しか得られません。けれども、DNAのなかに散らばっているいくつものDNAマーカーに着目すれば、細かく特徴分けをしていくことができるようになります。

DNAのある部分を「目印」として使えると、どういったよいことがあるでしょう。

そのひとつとして、DNAの全体像を把握できるということがあります。「目印」を1個、2個、3個……といくつか揃えていき、それらどうしの関係がどうなっているかを調べていくのです。それにより「目印」をふくむDNAの全体像がどうなっているかが見えてきます。

たとえば、選んだ複数個のDNAマーカーつまり「目印」のうち、Aという目印と、べつのBという目印について着目し、この二つの関係の強さ・弱さはどうかを調べます。つぎに、Aの目印と、Cというべつの目印についても、関係の強さ・弱さはどうかを調べます。ここでの「関係の強さを調べる」とは、減数分裂を経て生じた次世代以降の個体において、AとBが相変わらずもとの型の組みあわせのままでいやすいか、それとも、ほかの型の組みあわせになってしまいやすいかなどを調べることを指します。AとCの関係についてもおなじです。

こうして「目印」どうしの関係の強さ・弱さを調べていけば、「Aと近い関係にあるのがBであり、Aとより遠い関係にあるのがCである」といったことが見えてきます。この作業を積みかさねることで、それぞれの「目印」どうしの位置関係を推定することができます。また、その「目印」は、DNA内の特定の遺伝子の近くにあるものであれば、特定の遺伝子どうしの位置関係も推定することができます。

これらの得られた情報から、DNAの全体像つまり「地図」を得ることができます。

また、DNAマーカーの目印を使えば、選抜された個体や、交配によって生まれた個体のなかに、ほしい遺伝子がふくまれているかを調べることもできます。ほしい遺伝子の近くにあるDNAマーカーは、ほしい遺伝子とともに次の代へ遺伝するからです。

選抜した個体や、交配で生じた個体で、その目印が見つかれば、その個体にほしい遺伝子の型が残されているだろうとなります。いっぽう、その目印が見つからなければ、その個体にはほしい遺伝子の型は残されていないだろうとなります。

生命科学におけるDNAマーカーという目印は、全体像を得るのにも、ほしい遺伝子を得るのにも、どちらにも便利なわけです。

参考資料
知恵蔵「多型生マーカー」
https://kotobank.jp/word/多型性マーカー-185392
デジタル大辞泉「DNAマーカー」
https://kotobank.jp/word/DNAマーカー-686786
Akifumi Shimizu「クローニングのための遺伝学(前編)」
http://www.eonet.ne.jp/~vor-dem-gesetz/Genetics1.pdf
動物遺伝研究所『動物遺伝研究所年報』
http://jlta.lin.gr.jp/laboratory/pdf/nenpo11.pdf
金谷重彦「比較ゲノム学:ゲノム情報を基盤とした生物学と数理の架け橋 2009 講義資料」
http://kanaya.naist.jp/Lecture/QTL2010.pdf
國久美由紀「リンゴ育種研究の進展とゲノムインフォマティクス」
https://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/34d8b648c2178b2ceea9b9352d47cc19.pdf
不思議Labo「遺伝地図とは何か」
http://ipsgene.com/genome/human-genome-plan/genetic-map
楊和平「植物におけるDNA多型の検出方法とその応用」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/37/5/37_5_345/_pdf/-char/ja
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“直前の直前”に“紙を置く”という準備

写真作者:Steven Brown

「備えあればうれいなし」とか「備えあればうれしいな」とか、よくいわれます。どんなものごとでも準備をきちんとすればこそ、“本番”がうまくいきやすくなるというものです。

記者にとっての「取材に向けての準備」も、おなじことがいえそうです。取材の対象者が書いた資料を読みこんで調べておいたり、聞くべきことをメモにしたためておいたりすればこそ、必要な“材料”をきちんと“取る”ことができる、つまり取材がうまくいくわけです。

実際、取材の場で、用意しておいた資料を取材対象者にも見てもらえば、そこから「このグラフのポイントはね」とか「この写真をどうやって撮ったかっていうとね」といったように話が盛りあがってくることもあるでしょう。また、聞くべきことをしたためたメモを懐にしのばせておけば、もれなく質問できるようになるでしょう。

ところが、いくら取材に向けて入念に準備できたとしても、取材の“直前の直前”で、その備えの甲斐をおおいに失してしまう“落とし穴”があるとかいいます。

“落とし穴”に落ちた経験のあるという記者は、つぎのように証言します。

「読みこんだ資料も、質問メモもかばんに入れて、『準備万端だ』と意気ごみながら、ようよう取材の場所に行きました」

「そして、取材対象者にお会いして名刺を交換し、『きょうはお時間ありがとうございます』『いえ、よう遠くまでおいでなさった』などと話をして、いよいよ取材に臨もうとしました」

「ところが、です。読みこんだ資料とか質問のメモをかばんのなかから取りださないまま、質問をはじめてしまったのです」

「相手とのやりとりには“流れ”みたいなものがあるでしょう。途中で流れをぶったぎって、かばんから資料やメモを取りだすというのはできないものでした」

「結局、その取材では、資料やメモをかばんから取りだして机に置くことなく、取材を進めることになりました。流れに流されてしまったわけです」

準備した資料やメモを机のうえに出しておかなければ、かなり備えの効果は減ってしまうわけです。備えの甲斐がまったくなくなってしまうとまではいかないまでも。

「それ以来、私は取材の部屋に入るとき、相手に見てもらいたい資料や、ちら見したいメモは、かばんのなかに入れず、手に持っておくようにしました。そして、かばんやコートを置くとき、手に持っておいた書類をそうそう机に置いてしまうのです」

人と会うときの人は、えてして緊張しているもの。相手に初めて会うような場合はなおさらのことです。取材対象者に会ってから質問を始めるまでという“本番の直前の直前”にどう行動をとるかでも、本番の成果は大きく変わってくるというわけです。
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雪の日の“ワイパー立て”は「ゴムの凍結防止」と「雪かきの便利」のため



関東地方では(2019年)2月に入り、9日(土)11日(月祝)と雪が降りました。あす13日(水)もまた、にわか雪の可能性が予報されています。

雪国ではあたりまえの光景かもしれませんが、雪の降る日の駐車場では、あちこちで車のワイパーが立っています。ワイパーがみずから立つのでなく、車のもち主が立てているのでしょうが。

ふだん車を使う人たちにはなかば常識になっているようですが、なんのために雪が積もる日にワイパーを立てるのでしょうか。巷ではいろいろいわれていますが、この分野の社団法人や保険会社の説明を覗いてみると……。

「JAF」として知られる日本自動車連盟は、雪の日にワイパーを立てわすれたときに被る害を伝えています。

「ワイパーを立て忘れると、フロントガラスの雪かきがしにくいばかりか、ワイパーゴムがフロントガラスに凍りついて、はがすのが大変になることも」

つまり、ワイパーを立てるべき理由は大きく二つ、「雪かきをしやすくするため」と「ゴムが凍りつかないように」ということのようです。これが「雪道ドライブのきほんの『き』」なのだそう。

チューリッヒ保険会社も、「雪の日に車のワイパーを立てる理由は?」という記事を出して、その理由を伝えています。こちらは、大きく三つの理由。

「ワイパーがフロントガラスに張り付いたまま凍結し、動かなくなるのを防ぐため」

「凍ったワイパーを無理やり動かして故障するのを防ぐため」

「フロントガラスの雪かきを容易にするため」

1番目と2番目の理由は、どちらも「ワイパーゴムがフロントガラスに張りつく」という点で問題のもとはおなじといえるでしょう。すると、やはり「ゴムが凍りつかないように」と「雪かきをしやすくするため」の二つが理由ということにになります。ただし、「雪かきをしやすくするため」という理由も、「ワイパーを立てないとゴムがフロントガラスに張りついたら雪かきが厄介だから」と考えれば、問題のおおもとは「ワイパーゴムがフロントガラスに張りつく」にまとまりそうです。

連盟や保険会社の説明で、対策をとる必要があることの理解は多くの人にとって進むことでしょう。しかし、どうしてワイパーをフロントガラスにつけたままにしておくと、雪のときワイパーのゴムが凍りついてはがれなくなるのかについては、若干べつの説明が必要となりそうです。いつかつづく。

参考資料
日本自動車連盟「雪道ドライブきほんの『き』」
http://www.jaf.or.jp/dguide/yukimichi_drive/locale.htm
チューリッヒ保険会社「雪の日に車のワイパーを立てる理由は?」
https://www.zurich.co.jp/car/useful/guide/cc-the-wipers-of-the-day-of-snow/

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「博多 熊本 鹿児島」でなく「福岡 久留米 鹿児島」



鉄道を題材にした歌では、おなじ旋律で歌詞だけかえて「どこどこ編」として連作されることがあります。たとえば1900(明治33)年につくられた「鉄道唱歌」は「汽笛一声新橋を」で始まる東海道編がよく知られますが、ほかに山陽・九州、奥州・磐城、北陸、関西・三宮・南海という各編もあります。

三木鶏郎が1951年に作詞・作曲してつくった「僕は特急の機関士で」にも、「東海道の巻」のほか、「九州巡りの巻」「東北巡りの巻」「北海道巡りの巻」があります。

「僕は特急の機関士で」は、特急の機関士に扮した歌い手が、「可愛い娘が 駅毎に いるけど 三分停車では キスする ヒマさえ ありません」などと冗談めかして拍子よく歌ったあと、この歌い手をふくむ3人から4人の歌い手が、その巻にちなんだ代表的な駅名を三つ口に出して合唱します。たとえば、「東海道の巻」では「東京 京都 大阪 ウウウウウウウウ ポポ」といった具合。

着目すべき、というか謎が残されているようで興味深いのは「九州巡りの巻」における「三つの駅」についてです。「福岡 久留米 鹿児島  ウウウウウウウウ ポポ」と歌われています

久留米を通って鹿児島に至るということからすると、この「三つの駅」は鹿児島本線を想定してのことと察しがつきます。実際のところは歌詞のなかには鹿児島本線の沿線にない「佐世保」や「長崎」といった街の名も出てきますが。

しかし、最初にくる駅名は「福岡」となっています。九州には「福岡駅」は「西鉄福岡(天神)駅」があるものの、最初の駅名だけ国鉄でなく私鉄の駅というのは釣りあいがとれません。いずれにしても、三木鶏郎は最初にくる駅に、鹿児島本線の起点となる「門司港」や、九州最古の駅である「博多」などではなく「福岡」を三木鶏郎は選んだわけです。

さらに、2番目にくる駅名が「久留米」である点も興味をそそるところです。

もちろん歌がつくられた1950年代の久留米駅も鹿児島本線のほかに、久留米駅と大分駅を結ぶ九大本線の起点となっており、大きな駅であることはたしかです。

しかし、鹿児島本線には、ほかに熊本駅という大きな駅もあります。仮に2番目にくる駅名を「熊本」とすれば、「福岡 熊本 鹿児島」で地勢的には均衡がとれます。いっぽうで「久留米」を選ぶと、最初が「福岡」でつぎも福岡県内の「久留米」となり、やや均衡に欠ける印象をあたえます。

参考にほかの巻における「三つの駅」を見てみると、「東海道の巻」は上にあるように「東京 京都 大阪」。「東北巡りの巻」では「上野 仙台 青森」。また「北海道巡りの巻」では「函館 小樽 札幌」。これらはいずれも均衡はまずもってとれています。

なぜ「博多 熊本 鹿児島」や「門司港 熊本 鹿児島」でなく「福岡 久留米 鹿児島」なのか。

ここからは推測ですが、最初にくる駅名を絞れなかったのではないでしょうか。門司港駅もあるし、博多駅もある。さらには小倉駅もある。こうしたことから最初は「福岡」にしたことが考えられます。

そして、最初の駅名に「ふくおか」という4文字を使ったため、2番目の駅名には律動の関係から3文字の駅名を選ぶ必要があった。そのため、4文字の「くまもと」は選ばれず、鹿児島本線の駅としてはわりと大きい「くるめ」が選ばれた。その結果「福岡 久留米 鹿児島」の三つの並びができあがった、という推測です。

なお、「僕は特急の機関士で」の「九州巡りの巻」が出された1951年ごろの九州地方では、国鉄の優等列車として「有明」が門司港駅から博多駅や久留米駅などに停まり熊本駅まで走っていました。ただし、この列車はまだ準急列車。楽曲名にもある「特急」に格上げされたのは、ずっとあとの1967年のことです。

参考資料
三木鶏郎資料館「『僕は特急の機関士で』1950年発売 コロムビアレコード」
http://www.mikitoriro.jp/html/qanda/Colombia.html
ウィキペディア「僕は特急の機関士で」
https://ja.wikipedia.org/wiki/僕は特急の機関士で
wikiwand「有明(列車)」
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