科学技術のアネクドート

体細胞分裂、そういうふうにできている

画像作者:Kat Masback

からだをなりたたせる細胞あるいは分子などは、あたかも意思をもっているようにはたらきます。「こうなったらこうなる」というしくみは、遺伝子によりある程度、設計はされているものの、細胞や分子そのものに意識あるわけではありません。

からだの営みのひとつに、体細胞分裂があります。ヒトをふくむ真核生物、つまり核膜に包まれた核をもつ生きものの体の細胞が増えるときの分裂のしかたが体細胞分裂です。デオキシリボ核酸(DNA:DeoxyriboNucleic Acid)が複製され、染色体が縦方向に裂けて、娘細胞つまり分裂後の細胞に分配されます。

体細胞には寿命があるなどして、さまざまなかたちで死を迎えます。自分が死ぬ前に、デオキシリボ核酸に含まれる自分の設計図、つまり遺伝子をべつの細胞に複製すれば、自分の情報は後代の細胞に択せることになります。

では、体細胞分裂というしくみは、なにをきっかけにして生じるのでしょうか。

一般的に、細胞では最適な大きさが決まっていて、その大きさを超えると体細胞が分裂をするといわれています。これには、1個の細胞がどんどん大きくなっていくばかりだと、その巨大な細胞の一部でも傷つくと細胞自体が死んでしまうので、リスクを分散するためともいわれます。

細胞における核の容積を、細胞質の容積で割り算した「核細胞質比」という値があり、これが変化することが、細胞分裂の引き金になるという説があります。核にくらべて、細胞質の容積が一定以上になると、体細胞分裂が生じるというわけです。

また、ホルモンのはたらきを受けて、体細胞分裂が起きるということもいわれています。たとえば、動物や植物のからだが傷ついたとき、傷口の細胞から「傷ホルモン」とよばれるホルモンが分泌されます。このホルモンが、新たな細胞の増殖を促すといいます。

いずれにしても、細胞はみずから「増えよう」と考えるような意思をもっているわけではありません。「そういうふうにできている」としかいいようがない。そこに生命のしくみの不思議さがあります。

参考資料
ブリタニカ国際大百科事典「細胞分裂」
https://kotobank.jp/word/細胞分裂-68240
東京大学大学院総合文化研究科 佐藤直樹研究室「細胞はなぜ分裂するのか」
http://nsato4.c.u-tokyo.ac.jp/old/Trivia/trivia2_5.html
法則の辞典「各細胞質比」
https://kotobank.jp/word/核細胞質比-788162
デジタル大辞泉「傷ホルモン」
https://kotobank.jp/word/傷ホルモン-473933
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「一見、7人がけ座席の中央に手すり」に経緯あり


仙台市地下鉄にめったに乗ったことのない人のなかには、座席の仕様を不思議に思う人がいるかもしれません。長座席の中央には手すりがあり、その手すり左右にはほかの座席とは異なる色のシート部分が見られます。

長座席の中央だけ色がちがう座席という事例は、かつて東京近郊を走る「国電201系電車」で見られました。中央の1人分だけ、ほか茶色のシートより目立つ橙色にすることで、そこに1人、左に3人、右に3人の計7人で座ることを促すものです。

仙台市地下鉄の長座席も7人がけを促すための意匠に見えます。しかし、中央の色ちがい座席の中央には手すり。中央の色ちがい座席を1人分と捉えると、そこに座る乗客は手すりを足で跨いで座ることになってしまいます。運営者がそうした座りかたを推奨するとは考えられません。

仙台市地下鉄仙台駅の駅員によると、この長座席は「6人がけ」とのこと。では、中央だけちょうど1人分の幅で色がちがっていることにはどういう意味があるのでしょうか。駅員は「あれは座席の真んなかですという目印みたいなものです」と言います。

たしかに長座席の中央の色がちがえば、そこが「座席の真んなか」であることは視覚的によくわかります。しかし、長座席の中央には手すりがついているので、座席の色がちがっていなくても、長座席の中央がどこなのかは明らかです。

なぜ、6人がけにかかわらず、ちょうど中央に1人分の色ちがいの座席があるのか。なぜ、その座席の中央に手すりがあるのか。仙台市地下鉄の沿革から、つぎのような理由がうかがえます。

当初、仙台市地下鉄の長座席は7人がけだったようです。その後、2009年11月から12月にかけて、交通局が7人がけ座席の中央に手すりを試験的に設置しました。乗客が立ったり座ったりするするときの支えとして有効かを調べたようです。また、6人がけの座席幅をどう感じるかなども調べたようです。

結果は、手すりを設置し、6人がけとすることを推しすすめるものだったようです。6人がけに変更した座席幅について「ちょうどよい」と答えた人が76.8パーセント、いっぽう「7人がけがよい」と答えが人が9.6パーセントだったそう。座り心地の点では、7人がけより6人がけのほうがゆったりしてよいのは明らかですから、結果に大差がつくのは当然といえば当然ですが。

仙台市交通局は翌2010年の夏ごろから、7人がけだった長座席の中央に手すりを設置して、6人がけとした車両を通常運行させたようです。

こうした経緯から、6人がけとなった長座席の中央に手すりが設置されるという、いまの仕様になったことがうかがえます。

仙台市地下鉄のぱっと見では不思議に見える座席の仕様に対しては、ネット上で「痛恨の設計ミス」「こんな無神経なアクセサリーを取り付けた事例には初めて出くわしました」といった声もあがっています。

たしかに7人がけに見える座席のちょうど中央に手すりがあるので、ぱっと見で違和感を覚える人はいることでしょう。

仙台市地下鉄の最大の乗車率は、南北線の北仙台から北四番丁のあいだの149パーセントといいます。「肩が触れ合う程度で、新聞が楽に読める」程度の乗車率150パーセントを下まわっています。

東京などの大都市圏では乗車率200パーセントといった混み具合の電車に乗ることがあたりまえ。その感覚からすると「長座席は詰めて7人で座るもの」が当然といえます。

しかし、それは大都市の事情ゆえのことであり、多くの都市の地下鉄では、混雑する区間や時間帯が多少はあっても、6人がけで座るくらいの余裕は多くの区間と時間帯ではあるものと考えるべきかもしれません。

参考資料
鉄道コム 2009年11月13日付「仙台市交 車内の手すり増設実験」
https://www.tetsudo.com/news/464/
アットトリップ 2015年5月14日更新「仙台市営地下鉄は、6人がけ専用なのか?1人は股をはさむ仕様のどちらか?」
https://attrip.jp/134712/
たくたくのページ「1000系電車 仙台市地下鉄」
http://www2u.biglobe.ne.jp/~taku_s/sharyou/ss1000.html#top
東洋経済オンライン 2017年7月28日付「最新版!『首都圏の鉄道混雑率』ランキング」
http://toyokeizai.net/articles/-/182181
通信用語の基礎知識「乗車率」
http://www.wdic.org/w/RAIL/乗車率
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液状のカレーを指すときは今後「ルゥ」でなく「カレーソース」に

このブログで不定期ながらかなりの頻度で掲載している、カレーについての記事「カレーまみれのアネクドート」は、(2017年)8月12日の回で第99回となり、第100回まであと1記事となりました。

各回、各店で出されるカレーの味や外見などを伝えるものですが、99回も記事をつづけてきたところで、各記事内における“ある表現”の使いかたが、適切かどうか微妙であるということが発覚しました。

「ルゥ」についてです。

これまで「カレーまみれのアネクドート」では、ライスにかける液状のカレーに「ルゥ」という表現を使ってきました。「ルゥはぽてっとしており、ライスや具とよく絡みあいます」「少量のライスを囲むようにルゥがよそわれ、そのルゥに信州十四豚が」といった具合です。

しかし、「ルゥ」が指すものは、本来的には「液状のカレー」ではなく、その材料となる固形や粉末の「カレーのもと」とのことです。最近、カレーについての記事をつくる過程で、編集の担当者から原稿内の「ルゥ」に指摘があり、NHK放送文化研究所の「カレーの『ルー』?」という記事の引用がありました。

このNHK放送文化研究所の記事には、つぎのような説明があります。

「カレーの『ルー』というのは、固形や粉末の『カレーのもと』のことを指すことばです。(中略)日本式のカレーを作る場合、戦前は各家庭で小麦粉を炒めてそこにカレー粉を加えていました。この手間を省くために、最初からカレー粉と『ルー』を合わせた商品が開発されたのです。これが、カレーの『ルー』です」


本来の意味でのカレーの「ルゥ」の例
写真作者:Kotaro Kokubo

さらに、「ルー」(roux)ということばは、もともと「小麦粉とバターを加熱しながらまざあわせたもの」という意味のフランス語であるとも説明されています。

しかし、近年では「ルー」をカレーのもとと考える人のほか、ご飯にかかっている部分と考える人も増えているようです。「カレーまみれのアネクドート」での「ルゥ」の使いかたとおなじように。

同研究所が2009年に実施したアンケートでは、20歳代から40歳代までの回答者の過半数が、「ルー」の指すものとして「どちらも正しい」と答えたそうです。また10歳代については「カレーのもと」こそ「ルー」だと考える人と、「ご飯にかかっている部分」こそ「ルー」だと考える人の割合がおなじだったということです。

「ルー」や「ルゥ」を、ご飯にかける液状のカレーと認識ている人が増えているとしても、もともとのことばとしては液状のカレーを指すものではありません。そのため「カレーまみれのアネクドート」でも、今後は「カレーのもと」を指すときのみ「ルゥ」を使い、「液状のカレー」を指すときはべつの表現を使うことが適切といえます。

では、どうよべばよいのでしょうか。

「カレー」ということばは、日本では、それだけで「カレーライス」や「カレー料理」といった意味をもつものです。「カレー」ということばを使うとなると、それがカレーライスを指すのか、ご飯などにかける液状のカレーを指すのかが不明瞭となります。

「カレー汁」というのも、日本のカレーとしての趣きはあるものの、「ルゥ」をもとにつくるカレーのとろとろとした感じがあまりありません。カレーライスにかかっている液状のカレーとはべつのものを想起させてしまいそうです。

そこで、カレーのとろとろ感が伝わることや、実際に多くの用例があることから、今後は「カレーソース」または「ソース」といったことばで表現することとします。


カレーソースのかかったライス、すなわちカレーライス

参考資料
NHK放送文化研究所 最近気になる放送用語「カレーの『ルー』?」
https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/151.html

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どのようなタンパク質になるかを、遺伝子が塩基の並びかたで定める

写真作者:healthmindandkat

大学や研究所が生命科学の分野の研究成果を発表するとき、「コードする」ということばが使われることがあります。

たとえば、2017年7月に理化学研究所や東京大学などが共同で報道発表した資料には、「化合物がタンパク質に作用しその機能を阻害することは、そのタンパク質をコードしている遺伝子が遺伝子破壊により機能不全になることと同義です」といった文が見られます。

「タンパク質をコードしている遺伝子」という表現があるということは、「遺伝子はタンパク質をコードするものである」ということがいえます。では、ここでの「コードする」とはどういうものでしょう。

遺伝子とは、細胞内あるデオキシリボ核酸(DNA:DeoxyriboNucleic Acid)のうち、親から子孫へ、あるいは細胞へ細胞へ伝えられる要素をもった部分のことをいいます。実際には、ヒトのデオキシリボ核酸すべてのうちの5パーセントほどが遺伝子だといいます。また、遺伝子の実体は、アデニン(Adenine)、チミン(Thymine)、グアニン(Guanine)、シトシン(Cytosine)という4種類の塩基が連なったものとされます。

遺伝子をなりたたせる塩基の連なりは、「伝令リボ核酸」(mRNA:messenger RiboNucleic Acid)という物質に写しとられます。この写しとりの過程を「転写」といいます。写しとられただけですので、伝令リボ核酸の塩基の連なりも、デオキシリボ核酸の塩基とおなじく4種類でなりたっています。ただし、デオキシリボ核酸におけるチミンは、ウラシル(Uracil)という塩基になります。

伝令リボ核酸の塩基は、3個ずつでひとつの単位となります。この3個1単位をコドンといいます。塩基は4種類、また、コドンは3塩基でなりたつので、コドンの種類は4の3乗、つまり64種類ということになります。

実際、64種類のコドンのうち3種類はその先の段階に進むことなく終わってしまうのですが、61種類のコドンは、先の段階に進みます。伝令リボ核酸とはべつのリボ核酸である「転移リボ核酸」(tRNA:transfer RiboNucleic Acid)が登場します。転移リボ核酸はコドンの種類を認識して、アミノ酸という物質に結びつきます。このアミノ酸は、タンパク質をなりたたせる単位となります。そのため、各アミノ酸の並ぶ順序によって、タンパク質の構造が決まってくるわけです。以上の、特定のコドンの情報を担った転移リボ核酸それぞれがアミノ酸と結びついてタンパク質が組み立てられていく過程を「翻訳」といいます。

このように「転写」そして「翻訳」という過程を経て、タンパク質はつくられるわけですが、この過程の原点にあるのは、遺伝子における塩基の並びかたです。塩基がどういう並びをかたをしているかが、最終的にどういうタンパク質ができあがるかを定めているわけです。

「コード」(Code)には「符号をつける」といった意味があります。「遺伝子はタンパク質をコードする」とは、タンパク質がどのようなものになるかを、遺伝子が塩基という符号の並びかたで定める、と表現することができます。

参考資料
理化学研究所、東京大学、トロント大学、ミネソタ大学 2017年7月25日発表「化合物の標的機能を決定するツールを開発」
http://www.riken.jp/pr/press/2017/20170725_1/
生物学用語辞典「コード」
http://www.weblio.jp/content/コード%28遺伝の%29
生物学用語辞典「タンパク質コード遺伝子」
http://www.weblio.jp/content/タンパク質コード遺伝子
ブリタニカ国際大百科事典「コドン」
https://kotobank.jp/word/コドン-65624
デジタル大辞泉「コドン」
https://kotobank.jp/word/コドン-65624
Yahoo!知恵袋「たんぱく質をコードする、という用語がありますが、それは『翻訳』のことですか?」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1250644687
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脂肪細胞に「白色」「褐色」そして「ベージュ」


細胞には、「脳細胞」や「皮膚細胞」のように、からだの部位を冠したよび名のものがあります。いっぽうで、その細胞のはたらきや特徴に当たることばを冠したよびかたの「細胞」もあります。

「脂肪細胞」は、脂肪を含む細胞のこと。脂肪をたくわえる能力をもっていることから、細胞のはたらきを冠した細胞のよびかたの例といえます。厳密には、脂肪には中性脂肪、脂肪酸、コレステロール、リン脂質という4種類があり、このうち中性脂肪が、多くの人びとが想像する、いわゆる「脂肪」を指します。脂肪細胞は、厳密には、中性脂肪を含む細胞のことを指します。

脂肪細胞にも、はたらきや特徴により、おもに2種類に分けられています。

脂肪細胞のうち99パーセントを占める圧倒的多数派が「白色脂肪細胞」です。人のからだでは、あらゆるところに存在していますが、とりわけお腹の下あたり、お尻、太もも、それに内蔵のまわりなどに多く存在しています。実際に、白っぽい色をしていて、きれいな球状のかたちをしています。

人は、食事によって脂質や糖などの栄養素を摂りこみます。脂質や糖にはエネルギー源ですので、必要な分はエネルギーとして使われます。いっぽう余った分は中性脂肪と化して、脂肪細胞に貯められていきます。

脂肪細胞を人などの動物がもっているのは、飢餓という生命の危機に直面したとき貯めておいた脂肪をエネルギーに変えて使えるようにするためと考えられています。さほど飢餓の危険が減った現代では、この機能が残っていることが、かえって肥満という生命の危険を高める状態をつくってしまっているわけですが。

もうひとつの脂肪細胞が「褐色細胞」です。こちらもよび名のように、褐色を呈しています。褐色脂肪細胞のほうは、首のまわり、脇、肩甲骨のまわり、また心臓や腎臓のまわりといった場所にかぎって存在しています。褐色脂肪細胞も白色とおなじく、からだに余分な脂肪を扱いますが、こちらは熱にかえて熱を放出するはたらきが特徴的。

とくに、赤ちゃんのときには褐色脂肪細胞の数は多いことが知られています。これは、お母さんのお腹のなかにいたときにくらべて、生まれてきたあとの外気は寒く、みずから熱をつくって体温を保たなければならないからと説明されています。

近ごろでは、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞のほかに、「ベージュ脂肪細胞」というよび名の脂肪細胞も話題にのぼることがあります。ベージュ脂肪細胞は、白色脂肪細胞からなる脂肪組織において、褐色細胞のように熱を放出するはたらきをもつ細胞のこと。ベージュ脂肪細胞は、存在する場所という点では白色脂肪細胞といえ、はたらきという点でいえば褐色脂肪細胞に近い細胞といえそうです。

参考資料
河田照雄「脂肪細胞の正体」
http://www.yakult.co.jp/healthist/215/img/pdf/p20_23.pdf
理化学研究所 2017年1月10日発表「肥満を抑える糖鎖を発見」
http://www.riken.jp/pr/press/2017/20170110_2/
金沢市医師会「脂肪細胞について」
http://www.kma.jp/ishikai/ishikai_0060.html
細川雅史「脂肪を燃やす二つの脂肪組織」
http://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9011/9011_biomedia_5.pdf
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カー・キャッチャーで逸走を止める


都市部の駅ではあまり見かけませんが、駅のプラットフォームに「カー・キャッチャー」とよばれる器具が置かれていることがあります。

スキー板のような平板が2枚。それぞれ「左」「右」と書かれています。

使いかたの説明書きもあります。「逸走車両を停止させるときは、カー・キャッチャーの左を左手、右を右手に持って走行し、図のように、トングが車両進入方向に、フランジが軌間の内側になるように取付ける」。

専門用語がいくつかあります。

「逸走車両」とは、停止すべき位置を通りすぎてしまい、走行すべきでない区間に侵入してしまう列車のこと。運転士の作業の過誤などにより、ちょっとした勾配がある線路のうえに停車していた車両が、重力により自然に走りはじめることが起こりえます。逸走は、重大事故につながりかねない危険な事象とされます。

また、「トング」(tongue)は、もともと「舌」という意味のことば。鉄道には、もとの線からほかの線へと車両を転じさせるために「分岐器」とよばれる構造がありますが、この分岐器に使われている可動レールを「トング・レール」といいます。語源は不明ですが、トング・レールの形や動きは、舌の形や動きを連想させます。

カー・キャッチャーのトングも、人あるいは動物の舌によくにています。見つめつづけていると「あっかんべー」をしているようにしか感じられなくなります。

また、「フランジ」(flange)は、「出縁」などの意味をもつことば。列車の車輪では、線路の内側に出っぱって、脱線を防ぐための部分をいいます。

車輪とおなじく、カー・キャッチャーにも、トングとは逆側には、線路の内側にはめる出っぱりの部分があります。このことから、トングと逆側を「フランジ」とよぶのでしょう。カー・キャッチャーのフランジ側には、車止めとなるような突起もついています。

逸走してくる車両に対して、レールにカー・キャッチャーを固定し、まずトング側で車両を乗せて、その後、フランジ側で車両を止める。これにより、車両のそれ以上の逸走を防ぐことができます。

鉄道関係で、使いかたを説明している道具としては、客車のなかの「非常用ドアコック」が知られています。その説明書きは明らかに、非常時に客が操作しうることを想定してのもの。

いっぽう、カー・キャッチャーについては、基本的には駅員や運転士などの鉄道会社の社員が扱うべきもの。しかし、駅員や運転士も実際めったに使うものではないのでしょう。説明書きがあるほうが正しい使いかたで事故防止につながるというのはたしかなことといえそうです。

参考資料
noppokun 113「重大事故仮想再現VTR『車両逸走』編」
https://www.youtube.com/watch?v=3aDhpe9inBk
むかし日本に国鉄があった「<これ何?>カーキャッチャーを語る」
https://blogs.yahoo.co.jp/sakamoto_masutarou/16933342.html
ウィキペディア「カーキャッチャー」
https://ja.wikipedia.org/wiki/カーキャッチャー
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白鳥でも、朝までおどり徹す


きのう(2017年)8月13日(日)のこのブログの記事では、400年以上の伝統をもつ、郡上市の盆おどり「郡上おどり」をとりあげました。

いっぽう、郡上おどりの中心地から北北西へおよそ17キロ、同市内の白鳥町白鳥界隈では、夏場に「白鳥(しろとり)おどり」がくりひろげられています。

白鳥おどりも郡上おどりとおなじく、歴史ある盆おどりとされます。郡上市白鳥町長滝の長瀧寺には1682(天和2)年成立の「荘厳講執事帳」という書物が残されています。そこには白鳥おどりや郡上おどりの記述があるといいます。

荘厳講とは、毎月4、5日間、朝と晩に法華経を購読する行事。白鳥が白山信仰の拠点のひとつ美濃馬場として栄えてきたなかで、大切な行事として荘厳講は鎌倉時代の1248(宝治2)年から、江戸時代が終わる1868(慶応4)までつづけられました。この講の執事についての記録が「荘厳講執事帳」に記されています。

ところが、江戸時代初期の1723(享保8)年には、長瀧寺で盆おどりをすることを停止する命令があったそうです。しばらくは、寺のなかでは盆おどりはおこなわれなかったのかもしれません。

しかし、その後も、長瀧寺や当地の寺の境内で、盆おどりが毎年おこなわれたといいます。

明治期になると、新政府が欧米化政策を進めるなかで、岐阜県が1874(明治7)年、盆おどりを禁止するお達しを出しました。またも、民衆の盆おどりが形式上、奪われることになります。しかし、それでも白鳥の人たちは、おどりつづけました。太平洋戦争により盆おどりはいったん消滅しましたが、戦後すぐ復活し、1947(昭和22)年には「白鳥踊り保存会」がつくられました。

また、「拝殿おどり」の性格をもつ白鳥おどりに対して、「白鳥拝殿踊り保存会」もつくられました。白鳥の拝殿おどりは2001(平成13)年、岐阜県の重要無形民俗文化財に、2003(平成15)年には国の選択無形民俗文化財に選ばれています。

白鳥おどりも郡上おどりとおなじく、例年8月13日から15日にかけて、朝まで踊る「徹夜おどり」が日ごとに場所を移しておこなわれます。きょう14日(月)は、白鳥駅西側の駅前通りで、踊りがつづいています。江戸時代に郷土のために犠牲となった人びとの遺徳をしのんで現代に創られた「郡上宝暦義民太鼓」の演技もおこなわれています。

白鳥おどりの歴史は、盆おどりが、人びとに集いをあたえる風習であるとともに、民衆の意志がまもりつづける風習であることを伝えます。そこには、「ただただ踊りたい」という人間の本性もかかわっているのかもしれません。

参考資料
白鳥観光協会「白鳥おどりの由来」
http://shirotori-gujo.com/html/odorihistry.html
岐阜県「荘厳講執事帳」
http://www.pref.gifu.lg.jp/kyoiku/bunka/bunkazai/17768/komonjyo/sougonnkousitu.html
ウィキペディア「白鳥おどり」
https://ja.wikipedia.org/wiki/白鳥おどり
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郡上おどり、朝までおどり徹す


  奥美濃は水より暮れて盆踊 永田等

「盆踊り」は秋の季語。「盆」とは、仏教の経にもとづき苦しんでいる亡き人たちを救うことを意味する「盂蘭盆(うらぼん)」を略したものとされます。盂蘭盆は、もともと7月15日におこなわれていた仏事だったとされます。

しかし、明治時代、暦がそれまでの太陰暦から新しく太陽暦に移ると、いままでの行事がおしなべて1か月早くおこなわれることに。都市部などでは太陽暦での7月15日、つまりいまの7月15日あたりを「お盆」とする習慣が定着したところもありました。

しかし、新暦の7月中旬は農作業に追われる地方などでは、1月ずらして8月15日あたりを「お盆」とするようになったといいます。

岐阜県郡上市では、「郡上おどり」とよばれる盆おどりが繰りひろげられます。歴史も古く、始まったのは江戸時代とされ、1991年には「400年祭」がおこなわれました。

郡上おどりは、徳島の阿波おどり、秋田の西馬音内の盆おどりとならぶ、「日本三大盆おどり」のひとつに数えられます。それほどの特徴があります。

まず、盆おどりの期間が長いこと。7月中旬から9月上旬にかけて33夜にわたり、郡上市の八幡地区界隈で場所を移しながら盆おどりが開かれます。郡上八幡観光協会によると「日本一のロングランの盆おどり」だそう。

また、「徹夜おどり」が4日にわたり開かれることも、郡上おどりの特徴といえます。きょう8月13日は徹夜おどりの初日。今年2017年は日曜夜にあたります。20時、八幡町橋本町のおどり会場で、おどりが始まりました。

冒頭の句にある「奥美濃」は、郡上市をふくむ地域の別称。郡上八幡のまちにはきれいな水が流れています。街かどでは、大勢の人と魂が集まり夜な夜な賑やかになるため「水より暮れて」と詠んだのでしょうか。

13日(日)から始まったおどりは、翌14日(月)午前4時までつづきます。

参考資料
俳句のサロン 歳時記「盆踊」
http://www.haisi.com/saijiki/bonodori.htm
日本大百科全書「盆踊り」
https://kotobank.jp/word/盆踊り-385405
日蓮宗 だんじょのお寺「なぜ7月盆と8月盆があるのですか?」
http://www.yamasina-gokokuji.jp/q17.html
郡上八幡観光協会「郡上おどり」
http://www.gujohachiman.com/kanko/odori.html
朝日新聞掲載「キーワード」「郡上おどり」
https://kotobank.jp/word/郡上おどり-250023
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「ジョナサン」のカレー南蛮 糖質0麺――カレーまみれのアネクドート(99)


ファミリーレストランの献立として用意されているカレーは、数ある料理のなかのひとつとなるため、店側にとっても客側にとっても“脇役”の位置づけになりがちです。

しかし、主役にならないような料理にも手を抜かず、ファミリーレストランの料理としての味のよさを追求するかどうかが、安定した人気や評判につながるのではないでしょうか。

全国におよそ300店舗あるファミリーレストラン「ジョナサン」では、カレーライスのみならず、カレー南蛮も常時の献立として出しています。すくなくとも2002年にはすでに出されていた料理で、ジョナサンでの定番のひとつといるでしょう。

献立には「和風だしのきいた特製つゆに、きのこと豚肉をたっぷりと」と。だしには「和」を感じさせながら、カレーの辛さもじわじわと強く感じられます。また、献立の説明どおり、きのこと豚肉には食べでがあります。「南蛮」とは、肉や野菜などを加えて煮た料理。この料理はさながら「カレー南蛮」の面目躍如といったところでしょうか。

2017年には、このカレー南蛮を、うどんのかわりに「糖質0麺」で食べられるようになりました。5月には「糖質0麺」に微量な糖質が含まれていることが発覚し、ジョナサンは一時、販売を中止していましたが、改善したのか8月にはすでに復活しています。単品での熱量は539キロカロリー。


糖質0麺

「糖質0麺」は、うどんの麺とちがって細いため、カレーラーメンを食べるようなものになります。この麺は、食感については若干つるつる感が強いものの、風味については糖質が抑えられているといわれなければ気づかないくらい通常の麺とかわりません。

ただし、糖質が抑えられているからといって、麺の量がとりわけ多いわけではありません。理論的には「0」にいくつを掛け算しても「0」。より量の多い麺を期待する人も多いのではないでしょうか。

ちなみに、この「カレー南蛮」を、通常のうどん麺に加え、ごはんと漬物つきの「うどん膳」として頼むと、熱量は1183キロカロリー。ジョナサンの献立では、ビーフシチューオムライスの1287キロカロリーに次ぐ、高熱量となります。

ジョナサンのメニュー情報はこちらです。
http://www.skylark.co.jp/jonathan/menu/index.html
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「そうなんですか系」「そうなんですね系」より「そうなんですよ系」が強烈

写真作者:Yamaguchi Yoshiaki

外国の人が日本語を習って使うとき、相づちの打ちかたに苦労するようです。

たとえば、相手がはじめて示す情報に対する相づちの打ちかたとして、「そうなんですか」や「そうなんですね」などがあります。では、「そうなんですか」と「そうなんですね」はどうちがうのでしょうか。

たとえば、お盆休み後にはじめて職場で対話した、日本人の社員と外国人の同僚が、つぎのような会話をしているとします。

日本人「私、お盆休みに沖永良部島っていう島まで遊びに行ってきたんです」
外国人「そうなんですか」

ここでの「そうなんですか」には、相手が沖永良部島にいったという話に対して、関心や驚きをもって受けとめながら、相手が言ったことを追って確かめていく、といったはたらきがあります。

また、「そうなんですか」と相づちをうった人は、相手の言っている沖永良部島という島のことを知っているかもしれないし、あるいは知らないかもしれません。知っていても知らなくても、「そうなんですか」と言うことにより、島の話をふくめて相手の話を聞こうとする姿勢も示されるので、会話の流れは自然なものといえます。

いっぽう、つぎの対話例はどうでしょう。

日本人「私、お盆休みに沖永良部島っていう島まで遊びに行ってきたんです」
外国人「そうなんですね」

さきの「そうなんですか」とにています。しかし、「そうなんですか」だと確かめたり問うたりする度合が高くなると感じる人は、その度合を減らせる「そうなんですね」を使う傾向にあるようです。

かつて、この相づちに違和感をもつ人が多かったといいます。「そうなんですね」には、相手が示す情報を自分は知っているという条件が生じるはずなので、初めて聞く話に「そうなんですね」を使うのはおかしい、というのが理由です。

たとえば、沖永良部島という島のことを初めて耳にするこの外国人が、「そうなんですね」と相づちを打っていると、おかしなことになります。会話のつづきで「お、ジェフさん、沖永良部島、知ってるんだ」と聞かれて、「いえ、初めて聞きます」と答えれば、いまの「そうなんですね」はなんだったのかとなります。

近年では、初めて聞く相手の話に「そうなんですね」が使われても違和感を覚えない人は増え、よく使われる相槌になったとされます。強い語調の「そうなんですか」より、抑えめな語調の「そうなんですね」を使いたがる人が増えているのかもしれません。

では、つぎの会話例はどうでしょう……。

日本人「私、お盆休みに沖永良部島っていう島まで遊びに行ってきたんです」
外国人「そうなんですよ」

沖永良部島に行ったという話を切りだしたこの日本人は、ぎょっとするかもしれません。「そうなんですよって……。おまえはおれなのか」と。

ここでの「よ」には、自分は知っている情報であることを、相手に示すはたらきがあります。たとえば、「あの喫茶店は夜中の2時までやっているよ」と言えば、「あの喫茶店は夜中の2時までやっています」より、自分の知っている情報を相手に示すという度が強くなります。

相手が沖永良部島に行ってきたという話に対して、「そうなんですよ」と答えた場合、「自分はあなたがお盆休みに沖永良部島で遊んでいたことを知っている」という前提が生じます。沖永良部島での行動をすべて把握されていたかのようなことになり、ぎょっとされてしまうわけです。「おまえはおれなのか」と。

相づちを「そうなんですか」と打つか、「そうなんですね」と打つか、「そうなんですよ」と打つか。対話としてふさわしいものがあるということはべつにして、人のなかには「そうなんですか系」「そうなんですね系」「そうなんですよ系」がいることが、うすうす感じられます。

「そうなんですか系」は、相手に対する関心が強く、相手の話を聞こうとする性格の人といえそうです。また、「そうなんですね系」は、相手に対する同意の心が強く、相手の話に合わせようとする性格の人といえそうです。

しかるに、「そうなんですよ系」は、相手に対する征服度が強く、相手の話をすべて知っているものとする性格の人といえそうです。そして、上の対話例のように、ホラーの要素もすこしふくまれます。「そうなんですよ系」が、周囲の人びとにかなり強烈な印象をあたえることでしょう。

参考資料
NHKラジオ深夜便 2017年7月18日放送「気になる日本語」
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