科学技術のアネクドート

「遊び」を競争、運、模擬、眩暈に分類する

写真作者:Jun K

人がしているさまざまな行為やその結果に対して、「原型」となるものを見いだすことができるといいます。たとえば、神話や昔話などの「物語」には、出発、試練、帰還の順に展開するなどの母型がいくつかあるとされています。

「遊び」についてもおなじようなことがいえるのかもしれません。フランスの哲学者ロジェ・カイヨワ(1913-1978)は、『遊びと人間』という著書のなかで、まず、遊びの特徴を整理しました。

 ・自由意思にもとづいておこなわれる。
 ・ほかの行為から空間的にも時間的にも隔離されている。
 ・結果がどうなるか未確定である。
 ・非生産的である。
 ・ルールが存在する。
 ・生活上どうしてもそれがなければならないとは考えられていない。

そのうえで、カイヨワは「遊び」をつぎの4種類の要素に分類しました。

「アゴン」。「競争」のことで、優劣をつけるようなもの。たとえば、かけっこという遊びは、これに含まれるでしょう。

「アレア」。「運」のことで、遊戯者の力の及ばない“決定”のうえになりたちます。たとえば、ルーレットゲームや賭けごとなどは、アレアに含まれます。

「ミミクリ」。これは「模擬」のこと。遊んでいる人は自分の人格を一時的に離れ、べつの人格を装います。おままごとや人形遊びは、ミミクリに含まれるでしょう。

「イリンクス」。これは「眩暈(めまい)」のこと。眩暈が遊びというのは考えにくかもしれません。カイヨワは、人は眩暈を追求することにもとづく遊びをおこなっていると考えました。たとえば、遊園地でメリーゴーラウンドに乗ったり、公園でぶらんこに乗ったりといった遊びは、イリンクスに分類されうるものです。

このカイヨワの分類のしかたについては、不十分であるとする批判も見られます。本来、分類はたがいに排他的でなければならいけれども、たとえば競争と運の両方がかかわるといったように、排他的になっていない遊びの例もあるというのです。カードゲームや麻雀などは、相手と競争するし、運もかかっているので、どちらに分類すればよいかといった問題があがります。

そうではありながらも、カイヨワの遊びの分類は、遊びを研究する人たちに大きな影響をあたえました。いまでも、遊びについて語られるとき、カイヨワの遊びの分類が引きあいに出されます。

参考資料
松岡正剛の千夜千冊 「ジェラルド・プリンス 物語論辞典」
http://1000ya.isis.ne.jp/0577.html
状況に埋め込まれたブログ「書評 ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』」
http://www.kunimiya.info/blog/2014/09/20/review-les-jeux-et-les-hommes/
小川純生「カイヨワの遊び概念と消費者行動」
https://www.toyo.ac.jp/uploaded/attachment/3122.pdf
ウィキペディア「遊び」
https://ja.wikipedia.org/wiki/遊び​
 
| - | 19:21 | comments(0) | trackbacks(0)
画面が割れると耐水性は無に

写真作者:Aaron Yoo

アップルのスマートフォン「iPhone7」には、耐水性能が備わっています。アップルのサイトによると、「IEC規格60529にもとづくIP67等級」という水準のもの。これは、耐水性の点では「規定の圧力、時間で水中に浸漬しても有害な影響をうけない」水準のことで、0から8までの等級の上から2番目にあたります。

優れた耐水性が備わっているといえそうです。しかし、この耐水性について「画面が割れてしまった場合はどうなるのか」といった疑問も上がります。

画面が割れるということは、ひびが入るということ。そこには、すくなくとも気体が通る空洞はできているはずです。となると、水も通すことに……。問題は、ひびから水が入ってもなお、耐水性が保たれるのかどうかです。

どうやら、画面が割れたiPhoneの耐水性はなくなってしまうようです。インターネットでは下記のような情報が見られます。

「ちょっと水がかかったとしても壊れにくくなったiPhone7ですが、やはり液晶ディスプレイが割れた状態ではその防水性能はないに等しい状態まで下がってしまいます」(あなたの知りたいアレを調べます)

「画面の割れたiPhone7は、耐水機能が無いに等しいです!! なぜなら、割れた隙間からどんどん水が入っていっちゃうからですね」(スマートドクター)

「ガラスが割れてしまうとすぐ下に液晶がありその下には基盤がむき出しとなっております。したがって割れてしまった部分から水が侵入してしまうと水に対して無防備な状態に!!さらに一度内部に水が侵入してしまうと耐水性能がアダとなり内部の水が乾きにくくなります」(スマホスピタル鹿児島)

上記「スマートドクター」のサイトには「画面割れにより完全水没したiPhone7」という画像もあります。ちなみに、スマートフォンをめぐっては、水に濡れてしまうことを指して「水没」とよぶ傾向があるようです。

楽天モバイルの調査によると、携帯電話の画面を割ったことのある人は、31.4パーセントだったそうです。その原因としては「落とした」が1位で74.5パーセント。

iPhone7を買った人のなかでも、かなりの率が耐水性の恩恵に預かれずに使っている人がいると考えられます。

参考資料
あなたの知りたいアレを調べます 2017年5月18日付「iphone7の防水性能は画面割れでも落ちないのか?」
http://affi-convert.com/ガジェット/iphone7の防水性能は画面割れでも落ちないのか?/
スマートドクター 2017年5月26日付「最新機種iPhone7が壊れた時に注意すべきことは?」
http://www.iphone-umeda.biz/iphone7-in-water/
スマホスピタル鹿児島 2017年3月11日付「防水・耐水性能のスマホは画面が割れてしまうと効果を発揮しません」
https://iphonerepair-kagoshima.com/blogs/tips/5911.html
楽天モバイル広報事務局 2016年4月11日発表「男女500名に聞いた、“スマホ破損の実態”調査発表!」(PDFファイル)
https://mobile.rakuten.co.jp/pdf/report_cracked_smartphone.pdf
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「台風一過に地震」という説あり


2006年の台風6号、7号、8号

日本列島では(2017年)9月16日(土)から18日(月)にかけ、台風18号が上陸し、各地に洪水などの災害をもたらしました。そして、関東地方などでは、台風が横切り去った18日(月)、晴天となり気温が30度以上まで上がりました。典型的な「台風一過」のときの気象です。

「台風が過ぎ去ると晴れる」という理由は明らかです。台風が過ぎたところは高気圧に覆われるため、よい天気になるわけです。

いっぽう、一部では「台風が過ぎ去ると地震が起きる」と言われているようです。かつては漁師のあいだの言いつたえになっていたともされます。また、日本の海洋学者にも、低気圧である台風によって地面を押しつける気圧が弱まるため、台風が「最後のひと押し」となって地震が起きると説明している人がいます。

いっぽう、米国の地球物理学者は、台風やハリケーンによる豪雨により活断層を上から抑えていた地表の地盤が土砂崩れなどを起こし、負荷がとりのぞかれるために地震が起きやすくなるという仮説を発表しています。

ただし、この仮説に従うと、地震の直接的な原因は土砂崩れとなりますから、かならずしも台風やハリケーンが必要というわけではありません。

また、台風が生じたから地震が起きるのではなく、地震が起きるから台風がそれより前に生じるのだとする説もあります。地震を起こすひとつの原因としてマグマの噴出があるが、マグマが噴出すると海水温が高くなり、台風が起こりやすくなる、というのがその理由です。

これらの説は、多くの研究者がどれかを認めているわけではないので、いずれも「仮説」の域を過ぎません。台風や地震といった現象は、人びとの関心をよぶため、こうした仮説は話題として伝わりやすくなるものです。

ちなみに、9月17日には震度1以上の地震が日本で8回、18日には5回、起きています。多いような印象があるかもしれませんが、昨2016年の地震の日平均発生数は約18なので、これにくらべると地震はさほど起きていないことになります。

参考資料
AERA dot. 2012年5月20日付「『低気圧になると地震が起きる』という漁師の言い伝えは本当か?」
https://dot.asahi.com/wa/2012092601171.html
AFP BB NEWS 2011年12月9日付「大地震は台風の後にやってくる、米大研究」
http://www.afpbb.com/articles/-/2844839?act=all
ダイヤモンド・オンライン 2015年10月3日付「記録的台風が多い年は、なぜ、大地震が多いのか?」
http://diamond.jp/articles/-/79224
気象庁「震度データベース検索」
http://www.data.jma.go.jp/svd/eqdb/data/shindo/index.php
ハザードラボ 2017年1月5日付「昨年1年間の地震回数6587回 過去10年で2番目に多い 気象庁」
https://sp.hazardlab.jp/know/topics/detail/1/8/18566.html

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東京五輪・パラリンピックのエンブレムに幾何学的法則性


2020年の東京五輪と東京パラリンピックの新エンブレムが決まったのが2016年4月25日。それからおよそ1年半になるところ。街なかなどで掲示されつづけて、人びとに定着してきています。

五輪とパラリンピックのエンブレムはデザイナーの野老朝雄さんがつくったもの。このエンブレムのデザインをめぐって、意匠に隠された謎が市民によっていろいろと解き明かされています。両エンブレムの大きな画像はこちら。

まず、どちらのエンブレムも正方形、短辺が長い長方形、短辺が短い長方形という3種類の4角形によってなりたっていますが、この3種類の4角形は、それぞれ正12角形の頂点4点を結んでできた四角形になっているようです。

さらに、そのようにできた4角形の各頂点が、かならずほかの4角形の頂点に接しているか、解放されているかのどちらかになっており、「ほかの4角形の頂点と接していそうで接していない頂点」はありません。

また、五輪のエンブレムとパラリンピックのエンブレムの3種類の四角形の各枚数はそれぞれおなじ。しかも、一部の4角形を平行移動させるだけで、五輪の意匠からパラリンピックの意匠に変えたり、逆にパラリンピックの意匠から五輪の意匠に変えたりできます。

幾何学的な法則性の強いエンブレムといえましょう。さらに、二つのエンブレムには、ぱっと見たところで大きくちがう点も見つかります。

パラリンピックのエンブレムは左右対称になっていて、ちょうど左右のまんなかで折りまげると、左側と右側の意匠が重なります。いっぽう五輪のエンブレムは、頂点に近い6個の4角形と、時計でいう4時と8時のあたりの6個ずつの4角形のほかは、左右対称になっておらず、もちろん全体としても左右対称にはなりません。

左右対称と左右非対称という、幾何学的に異なる意匠についても、作者にとっては意図的だったようです。野老さんは毎日新聞の取材に「パラリンピックは正解、五輪は正解を模索している図」と説明しています。パラリンピックが「正解」で、五輪が「正解を模索」というところは、さらに謎めいていますが……。

五輪のエンブレムは左右対称ではないものの、120度の回転対称であるとはいえるようです。円形の意匠を三等分に切りとって、それぞれを120度ずつ、回転させると、もとあった図形と重なります。そのため120度の回転対称であるとはいえます。

まだまだこのふたつのエンブレムには解明されていない幾何学的法則があるのかもしれません。

参考資料
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「東京2020大会エンブレム」
https://tokyo2020.jp/jp/games/emblem/
@ibuki7 「エンブレム、うちの教授が分析しとった。」
https://twitter.com/ibuki7/status/724942087309807617/
毎日新聞 五輪エンブレム 2016年4月29日付「主題は『つなげる』 作者の野老さん語る」
https://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20160429/k00/00e/050/146000c
空中庭園@下丸子「【VSOP編 PART2】野老案に目がテン!(東京五輪エンブレム再公募結果)第2回」
http://m-4f607310ab5e2800-m.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/part-2-955e.html
| - | 18:47 | comments(0) | trackbacks(0)
カシューナッツは“アップル”に支えられた種子

酒屋やコンビニエンスストアには、ミックスナッツが売られています。たいてい、アーモンド、クルミ、そしてカシューナッツが入っています。さらに品によってはジャイアントコーンや落花生が入っていることも。

これらの木の実のなかでも、日本人にとっては“脇役”でありながら、ミックスナッツにおいて重要な役を担っているのはカシューナッツではないでしょうか。アーモンドやクルミほど、日本人にはなじみはないものの、味という点ではカシューナッツがとりわけ甘みを呈しており、全体の味の均衡をつくりだしています。


カシューナッツ
写真作者:Daniel Panev

カシューは、ウルシ科の常緑高木樹「カシューノキ」の種子にあたるもの。多くの人は、カシューをミックスナッツに含まれた木の実として知っています。

では、カシューノキにおいて、この木の実はどのように成っているかとういうと、下の写真のように、橙色の果托とよばれる橙色をした部分に支えられるようにして、カシューの種子が成っています。この種子の中身である仁(にん)をカシューナッツとして食べるわけです。なお、果托の目立つ植物としてはほかに、ハスなどもあります。


カシューノキ。上の橙色の部分が果托。下の灰色の部分が種子。
写真作者:abcdz2000

種子にくらべて果托のほうが大きいため、カシューとして食べるだけだともったいない気もする人も多いかもしれません。じつは、果托も食用であり、世界では「カシューアップル」というよび名で食べられているということです。

種子のカシューナッツのほうはおなじみですが、カシューナッツの半分以上の成分が脂肪分で、ほかに炭水化物、タンパク質、ビタミンB1などの栄養素、さらにカリウム、リン、亜鉛などのミネラルなどを豊富にふくみます。このことから、健康食材としてカシューナッツを摂る人も多いのではないでしょうか。

参考資料
ウィキペディア「カシューナッツ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/カシューナッツ

| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
放置して帰るのが常識だから日本でも放置して帰る

写真作者:Andrew

国際化が進み、日本の街なかでも、外国人がいるのはごくあたりまえのこととなりました。飲食店にも外国人がいます。とくに世界に展開しているスターバックスなどには、外国人にも馴染みがあるため、入りやすいのかもしれません。

日本人も外国人もいるような飲食店では、日本と海外の生活習慣のちがいが如実に現れるようなこともあります。

日本人が気になることのひとつに、外国人は使い終えたコップやトレイなどの器を机に放置して帰ってしまうということがあります。トイレにでも行ったのかと思いきや、一向に戻ってこず。そして、そこに器が置かれているかぎり、客はその席になかなか座ろうとしません。

「帰るのなら、片づけなさいよ」と、つい日本人は思ってしまうもの。しかし、海外の多くの国では、使い終えたコップやトレイ、さらに包装紙などを放置したまま店を出るのが常識のようです。

では、そうした器や包装紙はどうなるのかというと、多くの場合、店に回収係が常にいて、ひんぱんに片づけにくるといいます。それが習慣となっているので、自分で器や包装紙を片づけるといった発想そのものがないようです。

しかし、日本の飲食店のほぼすべてで、日本人の客が大多数を占めています。そして、日本人は、ごくふつうに、使い終えた器や包装紙を自分で片づけます。あえていえば、店員が回収係の役割を果たしているといえますが、店員も客が片づけてくれることを前提に働いているので、ひんぱんに回収にくるわけではありません。

2020年には東京五輪があり、多くの外国人が日本にやってきます。日本に訪れる外国人に対して、「日本の飲食店には、自分で使った器や包装紙を片づけることを励行している店がある」といった情報を伝える機会が増えてもよいかもしれません。

参考資料
BRUNCH STYLE「フランスとイギリスのスターバックス事情」
http://brunchstyle.com/?p=4747
It Mama「日本人から見るととても奇妙な『シンガポール』のマナー6つ」
https://itmama.jp/2013/12/08/53026/
My Life in Dubai since 2014~ 「ドバイのファストフード その TAZA」
https://blogs.yahoo.co.jp/lovechild_luckyforever/19026991.html
ポルトガル dia-a-dia「IKEA ポルトガル人を諭す」
http://portugaldiaadia.blog120.fc2.com/blog-entry-88.html
| - | 18:42 | comments(0) | trackbacks(0)
立ちあいの衝撃力は増すばかり



大相撲秋場所では、きょう(2017年)9月15日(金)、大関の照ノ富士が左ひざのけがで休場し、これで白鵬、稀勢の里、鶴竜の3横綱と、高安、照ノ富士の2大関が休場する事態になりました。

秋場所の前売券の全日分が販売日時直後に売り切れたほどの人気ぶりです。そのためきょうの6日目まで満員御礼がつづいているとのこと。観戦券をとれた人たちはさぞ“肩すかし”を食ったと感じていることでしょう。

力士が休場することは、めずらしいことではありません。しかし、番付の頂点のほうにいる力士が5人も休場するのは、とてもまれなようです。3横綱2大関の休場は1918(大正7)年の夏場所以来といいます。

近ごろは17時15分ごろに大関が登場し、17時30分ごろに横綱が登場する進行でした。しかし、今場所はもはや、横綱に日馬富士、大関に豪栄道しかいないので、大関や横綱のとりくみは直接対決以外では最後の2番のみ。かならず、結び前に豪栄道が、また結びに日馬富士が土俵に上がることになります。

ラジオやテレビの中継では、よく解説者が「そもそも、けがをしていない力士はいない」と言います。もっとも衝撃力が大きいのが、立ちあいです。過去に、横綱だった武蔵丸の衝撃力が測られたことがあるようで、複数回での平均は約1トンだったようです。これで相手とぶつかり合うのだから、立ちあいの衝撃力は約2トンということになります。

 

NHKの相撲中継によると、2017年秋場所での幕内力士の平均体重は164キログラム。1965年の初場所では123キログラムだったといいますから、ざっと50年間で40キログラム、体重が増えたことになります。

物体の重量が大きいほど、また速度が高いほど、衝撃力は大きくなります。力士それぞれの体重が増えているのはたしかなこと。もし、立ちあいの速度が増しているとすれば、昔よりも相当に立ちあいの衝撃力は増していることになります。

立ちあいに変化して対戦相手の突進をかわす力士は不評を買うものです。とくに番付の高い力士が変化する場合は。しかし、力士の体には、生活が、あるいは極端にいえば命がかかっています。

15日間、がちんこで相撲をとる力士はもちろん尊敬されるべきです。しかし、いまの時代、立ちあいに変化する力士の心情も察せられます。

参考資料
スポーツニッポン 2017年月15日付「カド番大関・照ノ富士が休場…3横綱2大関休場は99年ぶり異常事態」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170915-00000080-spnannex-spo
渋江唯司「衝突と衝撃 加速度と力と人体」
http://www.waka.kindai.ac.jp/tea/shibue/CollisionandImpact2013.pdf
透明フィルター「相撲力士 人間はどこまで強くなれるのか」
http://blog.livedoor.jp/yahiro103/archives/650843.html
東京スポーツ 2017年9月12日付「高安に見る大相撲の体重リスク」
https://www.tokyo-sports.co.jp/blogwriter-watanabe/41422/

| - | 19:03 | comments(0) | trackbacks(0)
座席の背もたれ“配慮して”倒せば悶着を防げる可能性も

写真作者:Hideyuki KAMON

新幹線や飛行機、また長距離バスなどの座席には、たいてい背もたれを後ろのほうへ傾ける機能があります。手元にある取っ手を押したり引いたりして、背中を後ろに倒すと背もたれも倒れていきます。

背もたれ座席をめぐっては、とくに近ごろ「どこまで傾けさせても大丈夫か」が話題の対象になっています。(2017年)8月から9月にかけても「飛行機や新幹線のリクライニング席 めいっぱい倒すのはアリ?」「新幹線の『リクライニング』はどこまでOKか」といった見出しの記事が見られます。

新幹線の座席の背もたれは、最大で20度ぐらいまで傾けられるでしょうか。グリーン車の座席では、31度まで傾けられる車両があるともいいます。

航空機でももっとも手頃なエコノミークラスの座席であれば、新幹線とさほど大差ありません。ただし、ビジネスクラスでは、180度つまり完全に水平になるまで倒せる座席もあります。

どこまで倒してよいかが話題になるのは、背もたれを倒したことにより客どうしが悶着するようなことがあるからです。前の座席の客が背もたれを倒しすぎたことにより、後ろの客が窮屈さを感じるなどして、いざこざが起きるトいった事例もあるようです。

背もたれ座席を使ううえでの“規則”という点では、もちろん最大の角度まで倒しても旅客会社から罰を受けることはありますまい。最大の角度まで倒すことができて、最大の角度まで倒してみたら、車掌に怒られたということは聞きません。旅客会社がその最大角度を小さくすればよいだけの話です。

問われているのは、むしろ“作法“という点でしょう。

おそらく、前の座席の背もたれを倒されて「迷惑」を感じている客の多くは「突然に倒された」とか「自分への配慮が足りなかった」とか、そうしたことに腹を立てるものかもしれません。

ですので、うしろの座席の客に一言「背もたれを使わせていただきます」と声をかければ、それだけでいざこざが減る可能性は高まりそうです。しかし、なんとなく言うのが気恥ずかしいなどで、断りなしに背もたれを倒す客もたしかにいます。

そういう客は、ちょっとずつ、ちょっとずつ、背もたれを倒していけば、うしろの客に迷惑がられていざこざに発展する危険性を低くすることができるのではないでしょうか。うしろの客に、気づかれないから、もしくは、配慮しているということに気づかれるからです。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
その自分も、その自分も、ほんとうの自分

写真作者:Miranda Granche

人というものは、自分から見た自分、自分から見た他人、他人から見た自分、他人から見たべつの他人といったように、だれが見るかとだれを見るかによって、像のありかたが変わってきます。

他人から見た自分については、自分を見ている他人がだれなのかによって、その像が変わってくるものです。極端にいえば、亡くなってしまった人であっても、その人のことを想いつづけている人にとっては「あの人は生きている」と捉えることもできます。

さまざまな人にとってのそれぞれの自分が存在するわけです。そして、自分からみた自分についても、だれと接しているかによって、振るまいかたや心のもちかたが変わってきます。

たとえば、Aさんという人は、会社にいるときには頑固一徹で通しているとします。社員の前では鉄仮面のような表情をしていて、「いいものはいい。だめなものはだめ」と言いはります。

しかし、そんなAさんも、家に帰れば目に入れても痛くないくらいにかわいらしい初孫が待っていて、会社にいるときから表情が一変します。初孫に対しては、表情筋のすべてを使って「ばぶばぶー、帰ってきましちゃよ―」と、赤ちゃんことばで意思疎通します。

そんなAさんには、自分のまわりにだれも人がいないときには、また別人格のようになって、大海原や森林のなかの風景を想像し、空想にふけっているのでした。

このように時と場によって自分の振るまいかたを変えるということは、Aさんのみならず、だれにもあること。しかし、自分から見た自分が「一人」だけしかいないことにすると、「ほんとうの自分はいつの自分なんだ」と思いなやんでしまうことにもなりかねません。

小説家の平野啓一郎さんは、著書『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書)などのなかで、「分人」という考えかたを伝えています。

平野さんは、分人を「人間を見る際の『個人』よりも更に小さな単位」と説明します。

英語で「個人」を表す“individual”は、「分けられる」という語感をもつ“dividual”の頭に、打ち消しの“in”がついているので「分けられない」という語感になります。

しかし、打ち消しの“in”がついているということは、もともとは打ち消しのない状態に、人が打ち消しの“in”をつけて“individual”つまり「個人」とよぶようになったと考えることもできます。

実際、“individual”は、キリスト教において、一神教に対して向かいあう人間も唯一の本当の自分でなければならないという考えかたから出てきたことばと、平野さんは説いています。

打ち消しをつける前の状態は、“dividual”つまり「分けられる」ですから、人というものは本来的に「分人」であるという考えかたができます。

会社にいる自分も、初孫と接している自分も、一人で瞑想にふけっている自分も「分人」なのであって、すべてが本当の自分である。そのように考えることで、「生きるのが楽になる」と話す人は多くいます。

参考資料
講談社web gendai「『私とは何か―「個人」から「分人」へ』著者:平野啓一郎 諸悪の根源は『個人』」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33643
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
予防医学に「逆説」あり

画像作者:National Human Genome Research Institute

病気の治療でなく、人の健康の維持や病気の予防を目的とする医学を「予防医学」といいます。この予防医学の分野には、有名な逆説があるといいます。英国の疫学者だったジェフリー・ローズ(1926-1993)が指摘した「予防医学の逆説」とよばれるものです。

予防医学の逆説は、つぎのように説明されます。

「危険度の低い大多数の集団から生じる患者の数は、危険性の高い少数の集団から生じる患者の数よりも大きい」

ローズは一例として、染色体異常によって精神発達や発育障害の症状を呈する「ダウン症」をとりあげました。一般的に、高齢出産は、ダウン症の赤ちゃんをもたらしやすいと言われています。これ自体は統計として事実なのでしょう。しかし、現実的に、どの年齢層の母親でダウン症児の出産がもっとも多いかといえば、それはもっと若い年齢層になるとローズは指摘しました。なぜなら、高齢出産の件数そのものがすくなく、若い年齢層での出産は多いからです。

予防医学のパラドクスの存在を考えると、もっとも病気を防ぐべき対象は、病気の危険性からは遠いところにいる人たちといったことになります。

たとえば、高血圧は脳卒中を引きおこしますが、血圧の値のとても高い高血圧患者と、血圧の値が正常である人をふくむすべての人びとに対処するのでは、どちらのほうが効果を上げられるでしょうか。

英国では、下の血圧値が100ミリメートル水銀以上という、かなりの高血圧の患者すべてを治療して、脳卒中になる危険性を半分まで減らせたとすると、脳卒中の患者を15パーセント減らせることになります。いっぽう、すべての人びとの血圧を5パーセント下げられれば、脳卒中の患者を30パーセント減らせることができるといいます。

危険度に着目して対策を立てるか、それとも人口の多さに着目して対策を立てるか。病気を治すという観点では前者が優先されがちとなりますが、病気を防ぐという観点では後者が優先されるべきとなります。

予防医学の逆説は、大多数の人がすこしでも健康に気を使うことの大切さを語っています。

参考資料
水嶋春朔「予防医学のストラテジー」
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/08/s0804-3a01.html
wikipedia “Prevention paradox”
https://en.wikipedia.org/wiki/Prevention_paradox
| - | 19:06 | comments(0) | trackbacks(0)
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