科学技術のアネクドート

地球外に生命を探す(4)――地球のみんなが探索に協力
地球外に生命を探す(1)――そもそも生命は宇宙からやってきたとする説あり
地球外に生命を探す(2)――火星に生命体がいると信じて火星を観る
地球外に生命を探す(3)――宇宙の生命体に出合う数を計算する時代に

地球外生命体の探索は、社会の情報技術化が進んでから新たな展開を見せました。

前回の第3回では、米国の天文学者フランク・ドレイクが電波望遠鏡を使って、宇宙からの生命体の交信を電波で受信しようとした試みを紹介しました。結局、有意な信号を得ることはできなかったわけですが。

現代のコンピュータの力を活かして、「ノイズとはいえない」信号を見つけることができれば、生命体の発見に近づくかもしれません。

そこで、米国カリフォルニア大学バークレイ校は、20世紀末、「SETI @ home」とよばれるプロジェクトを始めました。このプロジェクトの特徴となるのが、「ボランティア・コンピューティング」という考えかたです。

まず、プエルトリコにあるアレシボ天文台の観測データで、地球外生命体からの信号ではないかと疑われる痕跡を探索します。その記録が、SETI @ home の施設に送られると、管理者はそのデータを時間と周波数によって分割し、それをコンピュータをもっている世界中の数百万の協力者たちに振りわけて送信します。


「SETI @ home」協力者のコンピュータ画面。
写真作者:ITU Pictures

データをあたえられた各コンピュータはそれぞれがデータ分析をし、結果がSETI @ home の施設に報告されます。つまり、情報通信技術を使った“手分け作業”をするわけです。これにより、スーパーコンピュータのような費用がかかる設備を導入する必要はなくなります。

いまのところ、地球生命体からの信号と見られる明らかな痕跡が見つかってはいません。しかし、2004年9月1日には、「電波源SHGb02+14a」と名づけられるほどの大きな信号が受信されるなどしています。

アレシボ天文台の運営が資金的に厳しくなったり、またプロジェクト自体の資金不足が生じたりと、つづけていくことへの課題もあるようです。ふたたび大きな兆候が見つかり、話題になれば、こうした課題は克服されるかもしれません。

人間が「宇宙にわれわれとおなじような生命体がいる」と考えた瞬間から、宇宙生命体探索が始まりました。宇宙生命体探索が話題になればなるほど、その“ゴール”は近づいてきているような感覚になるものです。了。

参考資料
ウィキペディア「SETI@home」
https://ja.wikipedia.org/wiki/SETI@home
| - | 13:32 | comments(0) | trackbacks(0)
地球外に生命を探す(3)――宇宙の生命体に出合う数を計算する時代に

地球外に生命を探す(1)――そもそも生命は宇宙からやってきたとする説あり
地球外に生命を探す(2)――火星に生命体がいると信じて火星を観る

地球外生命体の探索をめぐる論文が、英国の科学誌『ネイチャー』に掲載されたら、より学術的な色を帯びてきたような印象になるでしょうか。

1959年9月19日、イタリア出身の物理学者ジュゼッペ・コッコーニ(1914-2008)と米国の物理学者フィリップ・モリソン(1915-2005)は、共著で『ネイチャー』に「星間交信の探索」(Searching for Interstellar Communications)という論文を発表しました。この論文は『ネイチャー』の論文で初めて地球外生命体について言及したものとされます。


フィリップ・モリソン。1969年。
NASA

論文は、「(1)惑星の形成(2)生命の起源(3)先進的な科学力を伴う社会進化、といったものの可能性を信頼をもって計算できるような理論は存在してこなかった。そうした理論がないなかで、長い生涯をもった主系列星は惑星をもつということが、われわれの環境からわかる……」といった内容で始まります。

そして、コッコーニとモリソンは、宇宙人どうしが、宇宙によく存在する「中性水素原子」という原子のもつ波長21センチメートルの電波を使って更新している可能性などを論じています。

この論文は、さほど知られるものではありません。しかし、米国の天文学者フランク・ドレイク(1930-)に影響をあたえ、よく知られる1961年の「ドレイクの方程式」誕生を導いたといわれます。

「ドレイクの方程式」は、地球に住む人間が銀河系で接触しうる地球外生命体の数を推算するもの。このブログでは2016年5月29日付の「宇宙の知的生命体遭遇率、天体の経済状況がかかわる」という記事で紹介しています。

その後、ドレイクは、26メートル電波望遠鏡を「エリダヌス座イプシロン星」と「くじら座タウ星」という太陽に近い二つの星に向け、波長21センチメートルの電波を受信する「オズマ計画」を実行しました。地球外生命体からの電波の発信を期待してのことです。しかし、計画の期間中、有意な信号を得ることはできませんでした。

しかし、宇宙から地球外生命体が発信する信号を受けとろうとする試みは、その後、地球規模のかたちで続いていくことになります。つづく。

参考資料
ウィキペディア「地球外生命」
https://ja.wikipedia.org/wiki/地球外生命
Giuseppe Cocconi & Philip Morrison “Searching for Interstellar Communications”
http://www.coseti.org/morris_0.htm
日本大百科全書「地球外知的生命体探査」
https://kotobank.jp/word/地球外知的生命体探査-1612465
ウィキペディア「フランク・ドレイク」
https://ja.wikipedia.org/wiki/フランク・ドレイク

| - | 19:08 | comments(0) | trackbacks(0)
地球外に生命を探す(2)――火星に生命体がいると信じて火星を観る

地球外に生命を探す(1)――そもそも生命は宇宙からやってきたとする説あり

地球に住む人間にとって、とても身近な星のひとつが火星です。米国の天文学者パーシヴァル・ローウェル(1855-1916)は、火星に生命がいることを人びとに印象づけるような研究成果をあげました。


パーシヴァル・ローウェル

ボストンの大富豪だったローウェルにとって、私財を投じて天文台を建設することは、自分の好奇心を抑えることよりもよほど安い買いものだったのでしょう。1894年に彼は「ローウェル天文台」を建てました。

「火星には火星人がいる」とローウェルは信じていたようです。その根拠としたのが「星雲説」という説。1775年にドイツの哲学者イマヌエル・カント(1724-1804)が唱え、1796年にフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラスが補足した説で、回転する高温ガス塊が重力で収縮して中心に太陽をつくるとともに、遠心力で飛びだしたガスが冷却して惑星になったと主張するものです。この説のとおりであれば、地球のなりたちも火星のなりたちもいっしょなので、火星に生きものがいても不思議ではないと、ローウェルは考えたようです。

ローウェルは、天体望遠鏡を使って観測をした結果、火星表面には幾何学的なかたちをした運河が見つかったとしています。


ローウェルによる火星運河のスケッチのひとつ

しかし、この運河の模様は、その後20世紀後半以降の火星探査機による観測によって、すべて否定されています。「火星に生命がいる」と信じていると、火星表面に生命体の仕業による痕跡まで浮かんでくるということでしょうか……。

ローウェルらの「火星に生命体がいる」という主張は、その後、英国の小説家ハーバート・ジョージ・ウェルズ(1866-1946)の『宇宙戦争』など、さまざまな火星を舞台とする文学作品に影響をあたえたとされます。このブログの過去記事にあるとおり、1938年10月30日、『宇宙戦争』をもとにつくられた「火星人来襲」という嘘の情報がラジオで放送されると、全米の市民が大混乱に陥ったというできごとも起きました。

天体望遠鏡でしか、地球のほかの天体のようすを知ることができなかった時代、人びとはいまよりも相当に、地球外生命体の存在の可能性を高く見つもっていたのかもしれません。

その後も、人類による飽くなき地球外生命体探索は続きます。つづく。

参考資料
ウィキペディア「地球外生命」
https://ja.wikipedia.org/wiki/地球外生命
ウィキペディア「パーシヴァル・ローウェル」
https://ja.wikipedia.org/wiki/パーシヴァル・ローウェル
涌井隆「パーシヴァル・ローウェルは日本人と火星人をどう見たか」
https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/0-kyouiku/seminar/2008sympo/06.pdf
デジタル大辞泉「カントラプラスの星雲説」
https://kotobank.jp/word/カントラプラスの星雲説-471030

| - | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0)
地球外に生命を探す(1)――そもそも生命は宇宙からやってきたとする説あり

地球ではないところに生命体がいるのかどうか。この問題は、長らく人の好奇心や関心の的でありつづけてきました。

地球外生命体を探索する歩みの黎明期には、根源的な説があったといいます。それは、「そもそも地球の最初の生命は宇宙からやってきたのである」というもの。

この考えかたのもち主の一人が、イタリアの博物学者だったラザロ・スパランツァーニ(1729-1799)です。スパランツァーニは、当時の説としてあった「微生物は自然発生するものである」という説に否定的でした。1765年には、フラスコに入れたスープを加熱処理し、フラスコの口を溶かして密閉する実験をおこない、微生物が自然発生しないことを確かめようとしました。


ラザロ・スパランツァーニ

1787年ごろ、スパランツァーニは、上記の地球最初の生命は宇宙からやってきたという説を唱えます。この説は「パンスペルミア説」とよばれるようになりました。

もし、パンスペルミア説が本当であるとすれば、「地球ではない天体に生命がいるのか」という問いそのものが成立しづらくなります。地球ではない天体から生命がきたのだから、地球ではない天体に生命はいる、あるいは、いたということになりそうです。

地球最初の生命は宇宙からきたという説は、スパランツァーニのみが唱えた突飛なものではありません。1903年に、ノーベル化学賞を受賞した、スウェーデンの化学者スヴァンテ・アレニウスがこの説を唱え、以降「パンスペルミア説」のよびかたが定着していったようです。

ほかにも、英国の物理学者ウィリアム・トムソン(1824-1907)とドイツの物理学者ヘルマン・ヘルムホルツ(1821-1894)、また、定常宇宙論で知られる英国の天文学者フレッド・ホイル(1915-2001)、さらにデオキシリボ核酸の二重らせん構造の解明で知られる英国の生物学者フランシス・クリック(1916-2004)なども、この説の支持派だったとされます。

地球外生命体探索は、“Search for Extra-Terrestrial Intelligence”の頭文字をとって“SETI”ともよばれます。SETIの歩みをみていくことにします。つづく。

参考資料
ウィキペディア「地球外生命」
https://ja.wikipedia.org/wiki/地球外生命
ウィキペディア「パンスペルミア説」
https://ja.wikipedia.org/wiki/パンスペルミア説
ウィキペディア「ラザロ・スパランツァーニ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ラザロ・スパランツァーニ
ウィキペディア「スヴァンテ・アレニウス」
https://ja.wikipedia.org/wiki/スヴァンテ・アレニウス

| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
1枚の絵にアインシュタインとモンロー
物理学者のアルバート・アインシュタイン(1879-1955)と女優のマリリン・モンロー(1926-1962)には、とある縁があったといわれています。

高齢となっていたアインシュタインがあるパーティーに出席すると、モンローが現れて「私の美貌とあなたの頭脳をもった子ができたら素晴らしいと思いませんか」とアインシュタインに聞くと、アインシュタインは「生まれてくる子どもが私の顔とあなたの頭脳をもってるかも」と切りかえしたといいます。

こんな二人の顔を、一枚に重ねあわせた画像が出まわっています。マサチューセッツ工科大学の認知科学者のオード・オリヴァがつくったもの。


クリックすると絵が出てきます。
http://cvcl.mit.edu/hybrid_gallery/monroe_einstein.html より

絵を近くで見たときは、アインシュタインのおなじみの顔に見えます。しかし、絵を遠ざけて見ると、だんだん顔が変わっていき、モンローのおなじみの顔に見えてきます。

この錯覚は、空間周波数のちがいを利用したものといいます。空間周波数とは、縞模様のような空間的な周期的構造における、単位長さあたりにふくまれる構造のくりかえし数のこと。空間周波数が多く感じられる、つまりくっきり感じられるほど、この絵はアインシュタインの顔に寄っていき、空間周波数が少なく感じられる、つまりぼんやり感じられるほど、モンローの顔の絵によっていきます。

この絵に刺激を受けた物理学者もいます。超ひも理論の研究で知られる米国の物理学者ブライアン・グリーンは、著書『隠れていた宇宙』で、この絵を「びっくりするようなグラフィックアート作品に出会った」と述べ、あるひも理論がべつのひも理論に変わりうるという事実とこの絵の共通性をつぎのように述べています。

「一つのひも理論で結合定数が大きすぎるために摂動計算ができない場合、その計算を、結合定数が小さいので摂動アプローチがうまく行く、べつのひも理論の定式化言語にきちんと翻訳することができる」

つまり、計算するにはその材料が大きすぎるというとき、小さな材料で計算できるべつの理論に翻訳することができるということです。アインシュタインの顔を前提に計算しようとすると空間周波数が多すぎるけれど、空間周波数の小さなモンローの顔を前提にすれば計算することができる、といったことを言いたかったのでしょう。

アインシュタインとモンローの重ねあわせの絵は、「このくらいの距離感で見るとこう感じられるが、このくらいの距離感で見るとこう感じられる」といった比喩や説明
で使うことができそうです。

参考資料
デジタル大辞泉「空間周波数」
https://kotobank.jp/word/空間周波数-1304094
タビジン「誰に見える? 視力を試すハイブリッドイメージ」
http://tabizine.jp/2015/04/17/35273/
ブライアン・グリーン『隠れていた宇宙 (上)』
https://www.amazon.co.jp/dp/4152092254
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「チバニアン」直訳すれば「千葉時代」というより「千葉の時代」

google earth pro

77万年前から12万6000年前の時代を世界的に「チバニアン」とよぶことが実現に向け前進しました。国際地質科学連合の作業部会の作業により有力候補となったもの。「チバニアン」は、77年前に地球のN極とS極が最後に逆転した跡を示す地層が千葉県市原市内にあることに由来します。

地質時代には、大きく「界/代」、より小さく「系/紀」、より小さく「統/世」、さらに小さく「階/期」とよばれる区分があります。今回の「チバニアン」は、決まればもっとも小さい「階/期」の区分のよび名のひとつになります。具体的には新生代第四紀更新世の4つある最小区分のうちの、古いほうから3番目の時代区分が、「チバニアン」になるかもしれないというのです。

千葉県市原市田淵にある地層には、77年前に地球で最も新しい地場逆転があったことを示す証拠が見つかっています。この77万年前を区切りとして、「ここから“千葉の時代”が始まった」とするわけです。

「新語・流行語大賞2017」の検討や候補語発表がもうすこし遅ければ、まちがいなく「チバニアン」も候補に入っていたことでしょう。2018年には候補語になるでしょうか。

「チバニアン」をめぐっては、申請者の茨城大学の研究者らのあいだで、相当な検討があったようです。

ラテン語の“-ian”という接尾辞は、「何々に属す」といった語感をもっています。地質時代の最小区分の大多数は「-ian」で終わることばとなっています。たとえば「チバニアン」のひとつまえの区分は、「カラブリアン」(Calabrian)、そのまたひとつまえの区分は、「ジェラシアン」(Gelasian)となっています。

では、「千葉」のローマ字表記である“Chiba”に、“-ian”をつなぐとどうなるかというと、“Chibian”となり「チビアン」と発音するそうです。

しかし、申請をした研究者らは「これでは千葉らしくない」と判断し、「千葉の」を意味する“Chiban”に“-ian”をつけた“Chibanian”で申請することに決めたといいます。直訳すれば「千葉の時代」あるいは「千葉的時代」といったことになるでしょうか。

それにしても形容詞句的な意味をもつ「千葉の」という言葉が「Chiban」であることを、どれだけの千葉県民が知っていたことでしょう。

「チバニアン」は、何度も発音していると「チバニャン」と聞こえることもあるので、そのうち「千葉にゃん」といったキャラクターなども開発されていくかもしれません。

なお、「チバニアン」の呼称が「内定」したという報道もありますが、申請をした研究者たちは、まだ慎重姿勢のようです。「千葉の時代」に決まるでしょうか。そして「千葉の時代」はやってくるでしょうか……。

参考資料
毎日新聞 2017年11月13日付「チバニアン地質年代に 77万年前、磁場逆転の痕跡」
https://mainichi.jp/articles/20171114/k00/00m/040/038000c
毎日新聞 2017年6月8日付「チバニアン『千葉時代』命名申請 市原の地層、77万〜12万年前の地質時代」
https://mainichi.jp/articles/20170608/ddm/012/040/055000c
国際層序委員会 2017年2月更新「国際年代層序表」
http://www.geosociety.jp/uploads/fckeditor//name/ChronostratChart_jp.pdf
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「日比谷松本楼」のハイカラビーフカレー――カレーまみれのアネクドート(103)


東京・日比谷公園はほぼ黄金比の長方形をした都会の森。秋には銀杏や紅葉などがつける黄や赤の葉が映えます。

園内にはいくつかのレストランや売店などの飲食ができる施設があります。なかでも伝統があり、「日比谷公園のレストランといえば」とすぐ思いうかぶのが、和風仏蘭西料理店「日比谷松本楼」でしょう。

松本楼の開業は1903(明治36)年。日本発の洋式公園として開園した日比谷公園と時をおなじくして開業となりました。以降、明治期の文芸活動の拠点になるとともに、美術家たちも松本楼に集ったといいます。

松本楼の名物料理のひとつがカレーライスです。カツカレーやシーフードカレー、また野菜カレーなどが献立にあるなかで、「ハイカラビーフカレー」がもっとも基本的なカレーライス料理といえそうです。

このカレーライスは、松本楼の話題としてよくのぼる「10円カレー」とおなじもの。「10円カレー」とは、1973(昭和48年)から1年のうち9月25日
にかぎって10円で供しているカレーライスのこと。2年前の1971(昭和46)年4月、人びとが沖縄の本土復帰を訴えた「沖縄デー」のとき同店が放火を受け焼失しました。

そして、再開業となった1973年9月25日、全国からの励ましに応えて、同店は「10円カレー」を始めたといいます。以降、毎年9月25日には限定で「10円カレー」を供しています。その売上は、交通遺児育英会や日本ユニセフ協会などに寄付されているため、この年に一度の行事は「10円カレーチャリティー」ともよばれています。

9月25日に出される「10円カレー」は、松本楼がそれ以前より出していた「ハイカラビーフカレー」です。10円とはいかずとも、9月25日以外の日でも「10円カレー」とおなじカレーを食べることができるわけです。

その味は上品なもの。さほど辛くないカレーソースのなかに牛肉のかけらが5個ほどあります。ライスの量はややすくなめのほう。漬けものは赤くない福神漬。

秋の季節、紅葉を見ながら都会の真中でカレーを食べることができます。

日比谷松本楼のレストランのサイトはこちらです。
http://matsumotoro.co.jp/restaurant/restaurant.html

参考資料
松本楼「日比谷松本楼の歴史」
http://matsumotoro.co.jp/history/history.html
ユニセフ「パートナー 日比谷 松本楼 10円カレーチャリティ」
https://www.unicef.or.jp/partner/ex1/partner_ex2.html
ウィキペディア「松本楼」
https://ja.wikipedia.org/wiki/松本楼
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
芸術家が社会との結びつきを意識


芸術の分野では、いつの時代も前衛的な作品が誕生し、それが時代ごとに見られる様式の変容ぶりのきっかけをつくっているものなのでしょう。つまり、いつの時代の芸術にも「新しい試み」はある程度は見られたにちがいありません。

いまを生きる人たちにとって、現代の芸術はほかの時代にくらべても、もっとも変容を遂げているように見えるかもしれません。

「社会関係型芸術」などと直訳される芸術の様式が、1990年代から現れはじめたとされます。もっとも日本人も漢字でこの芸術を表現するより、「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」(SEA:Socially Engaged Art)と外来語で表現するほうが断然に多いようですが。

「エンゲイジド」とは、「婚約している」や「従事している、関係している」といった意味のことばです。つまり、社会との結びつくことを特徴とするような芸術のことを「社会関係型芸術」とよんでよさそうです。

「SEAリサーチラボ」というサイトでは、「ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)とは、アートワールドの閉じた領域から脱して、現実の世界に積極的に関わり、参加・対話のプロセスを通じて、人々の日常から既存の社会制度にいたるまで、何らかの『変革』をもたらすことを目的としたアーティストの活動を総称するものである」としています。

従来の芸術にも、おそらく現実世界とかかわることや、なにかを変革することにつながる要素がふくまれた作品はあったことでしょう。しかし、そうした目的をより明確に意識して作品を手がける芸術が現れてきたのです。英国の現代芸術家ジェレミ・テラー(1966-)は、「私は、モノを作るアーティストから、コトを起こすアーティストに身を転じた」と述べたそうです。

社会関係型芸術が興った背景に、「公共的」と「私的」の境界があいまいになったことに対する芸術家たちの問題意識があったとの指摘があります。近年、「公共」の場に「私」が進出していることに対し、公共空間を使う芸術をくりひろげることで、公共性の危機を主題にしようとしたということです。

芸術分野の非営利組織「クリエイティブタイム」の主任学芸員であるネイト・トンプソン(1972-)は、2012年に上梓した編著書『リビング・アズ・フォーム ソーシャリー・エンゲージド・アート 1991〜2011より』において、社会関係型芸術の特徴として、「人びとが集まること」「メディアを巧みに操ること」「調査し、それを発表すること」「構造的な代案」「意思疎通」の五点を指摘しています。

芸術というと、「芸術家が感性のおもむくままに表現したものが作品となる」といったことを想起されがちなものです。しかし、公共や社会といったものを強く意識し、人びとにはたらきかけをすることを意識する芸術家が増えてきたといえるのかもしれません。結果でなく手段としての芸術作品がより明確に現れてきているといいますか……。

参考資料
工藤安代「ソーシャリー・エンゲイジド・アートの現在」(PDFファイル)
https://jissen.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=1369&file_id=22&file_no=2
SEAリサーチラボ「SEAとは?」
http://searesearchlab.org/definition
アート&ソサイエティ研究センター「ソーシャリー・エンゲイジド・アート展 社会を動かすアートの新潮流」
http://www.art-society.com/researchcenter/wp-content/uploads/2017/01/SEAPressRelease%E3%80%8001.31.pdf
| - | 18:49 | comments(0) | trackbacks(0)
(2017年)12月19日(土)は「魅力的な女性社員が活躍している! ビジョ活!! 2017」


催しものの案内です。

講談社の媒体「Rikejo」が2017年12月9日(土)、東京・音羽の講談社内特設会場で、「魅力的な女性社員が活躍している! ビジョ活!! 2017」という催しものを開きます。女子大生や女子大学院生、また女子高校生の参加を募集しています。

「ビジョ活」とは、自分の理想のワークスタイルを探す活動のこと。「自分の理想」つまり「ビジョン」求めていく「活動」のため「ビジョ活」というわけです。

催しものでは「ビジョ活」が進む、三つの機会が待っています。

ひとつは、「池澤あやかさんによる『ビジョ活のススメ!』 スペシャルトーク」。池澤さんは、映画、テレビ番組、コマーシャル・メッセージへの出演のほか、「週刊アスキー」「東洋経済オンライン」などで連載をもつエンジニア兼タレント。企業就職でなく、このような道を選んで活動する池澤さんが、一先輩として「ビジョン」を語ります。

また、「参加企業の女性社員によるパネルディスカッションと質疑応答」もあります。参加企業のVASILYとパナソニックから理系女性社員が登壇。とくに、デジタル業界での活躍のしかたや日々の過ごしかたなどのお話が聞けそうです。

さらに「参加企業による個別ラウンドテーブル『働く女性って幸せ? 仕事も課程も充実させる秘訣とは』 powered by 凛」というプログラムも。参加者は、社会人の理系女性を囲み、聞きたいことを直接、聞くことができます。「凛」は、理系女子大生コミュニティで、この催しものの協力をしています。

このほか、申込み先着順30名限定で、講談社専属のプロカメラマンが、参加者を撮影し、写真データをプレゼントします。さまざまな用途で使うことができそうです。

主催する講談社Rikejoは「理想の将来を迎えるために『ビジョ活!!2017』を一つのきっかけにしてみませんか」と参加をよびかけています。

講談社Rikejoが告知する「魅力的な女性社員が活躍している! ― ビジョ活!! 2017 開催のお知らせ」こちらです。申込み口もあります。
http://www.rikejo.jp/event/article/19221.html
| - | 13:39 | comments(0) | trackbacks(0)
社会はスペクタクル化していった(2)
社会はスペクタクル化していった(1)

フランスの映画作家ギー・ドゥボールが理論化し、また批判対象とした概念「スペクタクル化社会」に目を向けています。

ドゥボールは、スペクタクルの社会では、人びとは受動的な立場に疎外されていくとして、この社会を批判しました。そして、スペクタクルを打破する「状況」の構築をめざそうとしました。

ドゥボールのこうした考えかたから生まれた概念に「シチュアシオニスム」(situationisme)があります。日本語では「状況主義」ともよばれます。ただし、ドゥボール自身は「シチュアシオニシト」という主体はあるものの、「シチュアシオニスム」という主義は存在しないと述べていたそうです。

ドゥボールは1957年、シチュアシオニストたちからなる「アンテルナシオナル・シチュアシオニスト」という組織を結成し、雑誌『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』を創刊、この雑誌を主要な媒体としました。

シチュアシオニストたちは、「資本化された合理主義社会の改革」を最終目標としていたといいます。そして、合理主義による大量生産に、シチュアシオニストたちは「転用」あるいは「ディトルヌマン」とよばれる手法で対抗をとりました。ある製品を、従来の使いかたとは異なる方法で使うというものです。

さらに、シチュアシオニストたちは「転用」の考えかたを「都市」に対しても広げようとしました。これを「漂流」あるいは「デリーヴ」といいます。漂流とは、目的なく都市をさまよい、遠回りをしたり、道なきところに侵入したりするような行動の方法です。ドゥボールは「漂流」の概念を「志を同じくする者たちが三々五々に集まって日が高い時刻に行う。パリを解き放たれた集団的な生の表現の空間として捉え直すこと」と説きました。

フランスでは1968年5月10日、「五月革命」とよばれる大規模なストライキが起きました。この社会動向に対して、インテルナシオナル・シチュアシオニストの活動や存在はすくなからぬ影響をあたえたとされます。


パリでの「五月革命」
写真作者:Robert Schediwy

1972年に、インテルナシオナル・シチュアシオニストは解散しました。了。

参考資料
アートスケープ「シチュエーショニズム/シチュアシオニスム」
http://artscape.jp/artword/index.php/シチュエーショニズム%EF%BC%8Fシチュアシオニスム
GARAGE SALE「シチュアシオニストの活動とその意義 三浦丈典」
http://d.hatena.ne.jp/araiken/20110804/1312631050
@Arumikuos「「目標地点なき〈漂流(デリーヴ)〉。……」
https://twitter.com/Arumikuos/status/915600460681117697
ウィキペディア「五月革命(フランス)」
https://ja.wikipedia.org/wiki/五月革命_(フランス)
| - | 13:08 | comments(0) | trackbacks(0)
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