科学技術のアネクドート

ソフトウェアでも“部品”を再利用

写真作者:Aeris Secure

すでに使ったものを、ふたたび使うことを「再利用」といいます。多くの人にとって身近な再利用には、ボタンの再利用、靴ひもの再利用、ネジの再利用といったものがあります。すでにあるものをふたたび使うわけですから、新たにつくって使うより再利用するほうが安く、早く、求めをかなえられるはずです。

再利用するものは物品だけではありません。手で触れることのできないようなものに対しても再利用するという考えはあてはまります。たとえば、コンピュータのソフトウェアを構成する要素についても再利用することができます。

コンピュータが機能するうえでは、「オペレーションシステム」(OS:Operation System)という、プログラムの実行を制御するためのしくみがあります。さらに、このオペレーションシステムの下に築かれるものとして、「フレームワーク」とよばれるものがあります。ここでのフレームワークとは、人が書いてつくったプログラムを実行してくれる枠組みといえます。

そして、このフレームワークのさらに下の階層に「コンポーネント」とよばれるものがあります。もともと英語での“Component”には「部品」や「要素」といった意味があります。ここでいうコンポーネントは「なにかの機能を実現するために部品化されたソフトウェア」といったものとなります。

車などの製品では、製品の型さえおなじであれば、部品をほかの機械に再利用することができます。おなじ車種であれば、廃車したボンネットやドアなどを、べつの車に使うことができます。これは、部品というものが、本体やほかの部品と強いつながりをもたず、個別につくられているからこそなせるもの。

おなじように、フレームワークの下層にあるコンポーネントも理論上、再利用することができます。この場合も、車のたとえとおなじように、ソフトウェアが同一のものだったり、または同一のものに準拠したものだったりする必要はありますが。

ただし、あるコンポーネントをほかのフレームワークで再利用するとき、注意が必要といいます。

コンポーネントは、そのソフトウェアで実現したい要求を満たすためのもの。いくら再利用できるからといって、そのコンポーネントが再利用先のソフトウェアで実現したい要求に合っていなければ、コンポーネントを当てはめる作業がむだになってしまいます。カレーづくりに使った缶入りのカレー粉がいくら余っているからといって、麻婆豆腐づくりにも再利用できるかといえば、できないのとおなじようなものです。

人は「自分ではじめからつくりたい」といった性をもちがちなもの。しかし、その考えかたを置いて、コンポーネントを再利用することを考えれば、効率よくソフトウェアを構築することもできるわけです。

参考資料
IT mediaエンタープライズ 2004年3月19日付「コンポーネントの再利用、できていますか?」
http://www.itmedia.co.jp/im/articles/0403/19/news086.html
日経XTECH 2004年1月14日付「萩原正義の『システム・アーキテクチャ論』第1回(2)」
https://tech.nikkeibp.co.jp/it/members/NBY/techsquare/20040107/3/?ST=ep2
田丸喜一郎「ソフトウェア品質監査制度(仮称)とトレーサビリティについて」
http://www.teras.or.jp/terasweb/wp-content/uploads/2011/10/【講演1】ソフトウェア品質監査制度とトレーサビリティについて.pdf
| - | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0)
人の心は境界に行く


自然も人間も「境界」をつくります。土地やものごとの分かれ目ないし区切りとなるものが境界です。

境界の直前までは、そこまでの状態を特徴づけるものごとが、ずっと続いてきたわけです。しかし、境界を超えると、べつのものごとによる特徴ある状態が始まります。

たとえば、海岸線という境界では、水により特徴づけられる海という液体の世界がつづいていたところが、その先からは岩石により特徴づけられる陸という固体の世界がつづいていくことになります。

物理における境界もあります。よく知られているのは、「相」の境界でしょう。おなじ原子からなりたつ物質でも、固体の状態にあったものが温められて融点を超えると液体になります。さらに液体の状態にあったものが温められて沸点を超えると気体になります。これらは「相転移」とよばれます。相転移が起きる融点や沸点が、物理における境界の代表例となります。

時間的な変化における境界でもおなじです。日本における中世と近代の境界では、徳川幕府がおさめていたわりかし平穏な時代がつづいていたところが、その先からは社会、文化、制度を外からとりいれた変化の多い時代がつづいていくことになります。

つまり、境界は、それまで変化のなかった、あるいは変化の乏しかったものごとががらっと変わる、とても動的な「ちがい」が表現されているところといえます。

人の性としては、なにも変わらない状態を観察するよりも、なにかが変わる状況を観察するほうが興味わくのでしょう。さまざまな分野の研究でも、境界を着目したものは尽きません。
| - | 23:35 | comments(0) | trackbacks(0)
分子どうしの“橋かけ”を触媒が促す

人の暮らす世界では、離ればなれになっているところに橋がかかって、結ばれることがあります。橋がかかることの効果は、かかる前の状況を考えると大きなものがあります。

分子の寸法の世界でも、「橋がかかる」ような現象があり、その効果は大きなもの。

ふたつまたはそれ以上の分子が橋をかけたように結ばれることがあります。これを、その状態のごとく「架橋結合」あるいは「橋かけ結合」といいます。

いくつかの分子による架橋結合を促す触媒として代表的なものが、「トランスグルタミナーゼ」と総称される酵素です。


トランスグルタミナーゼの構造の例
画像作者:Ayacop

トランスグルタミナーゼは、たとえば、アミノ酸のひとつであるグルタミンをもととするグルタミン残基と、おなじくアミノ酸のひとつであるリシンをもととするリシン残基が結合するなかだちをします。

分子どうしに“橋”がかけられるということは、それだけ分子と分子のあいだの物理的な強度が高まるということ。かんたんにいえば、硬くなるわけです。

トランスグルタミナーゼを介した分子どうしの架橋は、血液が固まる反応にかかわったり、皮膚の表面で角質膜がつくられることにかかわったり、さまざまなはたらきをします。

人は、自分たちにとって都合のよい“橋かけ”を促そうと、トランスグルタミナーゼの触媒効果が高まるようにしむけます。逆に都合の悪い“橋かけ”に対しては、トランスグルタミナーゼの触媒効果を抑えるようにしむけます。トランスグルタミナーゼの触媒効果も使いようといったところでしょうか。

参考資料
大辞林第三版「橋架け結合」
https://kotobank.jp/word/橋架け結合-358109
名古屋大学細胞生化学研究室「タンパク質が接着する反応とは?」
http://www.ps.nagoya-u.ac.jp/lab_pages/biochemistry/crosslinking%20reaction.html
伊倉宏司・佐々木隆造「組織型トランスグルタミナーゼの構造と生理機能」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/29/2/29_2_81/_pdf
長谷川豪・斉藤佑尚「トランスグルタミナーゼの多機能性」
http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.php?year=2004&number=4905&file=ZKtFzCVcAKFa6cMYrKko9Q==

| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
直感にそぐわず……洗濯表示の印の認知度10パーセント未満


暮らしのなかには、さまざまな「印」があるものです。印の役割のひとつは、ほかの人に必要なことを知らせるというもの。ほかの人だけでなく、自分があとになってから忘れないようにするという役割もありますが。

頻度高く、暮らしのなかでおこなっている家事となれば、その分、それにかかわる印も人びとに定着していると考えられます。しかし、人によっては、それがあることは知っていても、なにを知らせようとしているのかがきちんわからないような印もあるものです。

衣類の洗濯をあまり積極的にしていない人にとっては、洗濯表示の印もそのひとつではないでしょうか。写真のように、衣類から出た布に記されている印です。

洗濯表示の印は大きく「洗濯をする順番」に記されています。

たらいのようなかたちの印は、洗濯機でどう洗えるかを示したもの。また、三角形の印はどのような漂白ができるか。さらに、四角形の印は乾燥のしかたについてのもの。そして、そのつぎのアイロンのかたちの印はアイロン処理のしかたについて。

その先からある円形の印は、専門店が処理するときに参考にする方法。水を使わず、有機溶剤で汚れを落とすドライクリーニングについて、そして、溶剤で衣服をきずつけやすいドライクリーニングを避けて水溶性汚れをとりのぞくウェットクリーニングについて、とつづきます。

ですので、家庭のなかで注意したほうがよいのは、アイロンの印のところまでとなります。

洗濯表示の意味を、見ただけでだいたい理解できるという人は、2017年10月の時点で9.2パーセントほどとのこと。やはり、認知度の低さがあります。2016年12月から日本での洗濯表示が、国際規格(ISO:International Organization for Standardization)とおなじものになってからも、なる前でも、さほど認知度の低さは変わってないようです。

洗濯機を使うのがあたりまえの時代にたらいの印が使われる、漂白のしかたを示すのに漂白と関係なさそうな三角形の印が使われるなど、直感とそぐわない点も、認知度の低さにはかかわっているのではないでしょうか。

参考資料
パナソニック
https://panasonic.jp/wash/special/ehyouji.html
Lidea くらしのアイデア「『変更された洗濯表示』はまるで暗号⁉ 2つのマークの意味がわかれば、洗い方で迷わない!」
https://lidea.today/articles/1004
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
概念図、概して複雑な印象をあたえ
公的機関や研究機関などが公表している計画や報告書などには「概念図」などとよばれる図が載っていることがあります。ものごとを説明するとき、ものごとのかかわりあいかたがわかるように描いた図のようなものです。

一般的に、なにかを表現するとき、単純な表現であればあるほど、伝わりやすいとされます。

では、これらの文書に載っている概念図はどうかというと、かなり複雑に感じられるものもあります。

社会には「プロジェクト」と称する事業や研究が多くあるため、ためしに「プロジェクト概念図」と入れてインターネットの画像検索をします。



上位に出てきたのが、このようなものです。ぱっと見たところ、多くの概念図では、文言や矢印などの図を構成する要素が10個以上は使われているようです。「この概念図は単純か、複雑か」と問われれば、つくった人の多くは「単純(につくったつもり)」と言い、見る人の多くは「複雑(すぎて伝わってこない)」と答えるのではないでしょうか。

こうした概念図が、複雑に見えてしまうのはどうしてでしょうか。

ひとつは、こうしたプロジェクトに参加する組織が多かったり、進めかたが複数あったりして、図に盛りこむ要素がそもそも多いということはあるでしょう。

また、図をつくる人にとっては、おいそれと要素を削って単純にすることができない事情もあるかもしれません。単純にするためと、関係性をあらわす矢印を間引いたりしたら「どうしてこの矢印は省かれて、この矢印は残っているのだ」と指摘されるかもしれません。「なるべく情報を省かないほうが無難」という圧がかかり、結果として複雑な印象をあたえる図ができあがってしまうわけです。

なかには、概念図が複雑であればあるほど「優れた図」であると考える人もいるのかもしれません。「このくらい、さまざまな要素を盛りこんでいれば、文書を見てくれる人には立派なプロジェクトであると感じてくれるにちがいない」といった確信をもとに、こうした図をつくる人もなかにはいるのではないでしょうか。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
スマホの“ちら見”で誤解あたえる


とある日本酒の酒蔵に、記者と見習い助手が取材に行きました。社長に、日本酒のつくりかたについて聞くという取材です。

社長は、酒づくりのさまざまな専門用語を出してきます。

「え、酵母かい。うちはキョウカイの1401を使っとるよ」
「昔はヤマハイもやっていたことがあるけれど、いまはね……」
「モロミができるまでは、やっぱりいまもうまくいくかと緊張するね」

記者のほうは、知っている専門用語もあれば、知らない専門用語もありましたが、とりあえず話を聴こうと相づちをうっていました。

いっぽう、見習い助手のほうは、知らない専門用語が多く、出てくるたびに手元にあるスマートフォンのインターネットで、そのことばを調べようとしました。心のなかで「キョウカイって……、ああ、協会酵母っていうのがあるんだな」などとつぶやき、ひとつひとつその場で解決しようとしました。

しばらく取材が続いているうちに、社長が話をふとやめました。

「おい、若ぇの! なにさっきからちらちら画面を見とるんじゃ! こっちは、もう話さなくてもいいんだぞ!」

社長は、酒づくりについて説明しているのに、若いほうの者はスマートフォンのなにかの情報が気になって自分の話を聴かずにいる、と見えたのでしょう。社長は話をする気がなくなり、取材はそこで取りやめとなってしまったとか……。

この見習い助手からしてみれば、自分なりに相手の話にがんばって付いていこうと思ったのでしょう。しかし、なによりまず、話している社長に興味があることを行動で示すべきで、スマートフォンに目をやるのはふさわしい行為ではありませんでした。百歩譲っても「自分はあなたのお話にかかわることをしているのですよ」ということを社長に対して伝えるべきだったのでしょう。

自分のしていることが相手にどう映っているのかを想像するのはむずかしいことです。いえ、そうしたことを想像すらしない場合のほうが多いのでしょう。
| - | 22:54 | comments(0) | trackbacks(0)
「ガソリンとエンジン」から「電気とモーター」へ、自動車の心臓部も変わりゆく

写真作者:Don O'Brien

自動車が誕生したのは1769年のフランスでとされます。このときの自動車は上記で動くものでしたが、その後、長きにわたり、自動車といえばガソリンを材料にエンジンを動かして走らせるものでありつづけました。

しかし、エンジンを動かして自動車を走らせるといっても、エンジンが動きさえすれば自動車が走るわけではありません。エンジンが生みだした動きをもとにして、最終的には車輪が回らないと、自動車は走らないのです。

そこで、自動車には、エンジンでつくられた回転のエネルギーを効率よく車輪に伝えるしくみが入れられています。その一連のしくみは「パワートレイン」といいます。「力」を意味する“Power”と、「一連」や「列」を意味する“Train”からきているのでしょう。「伝動機構」などともいいます。

一般的にパワートレインにはエンジンがふくまれます。そのほかに、動力の伝達を断続する「クラッチ」、エンジンの回転数を走行に適したものに変える「トランスミッション」、動力を車輪に伝えるための回転軸である「ドライブシャフト」などからなりたちます。まさに、自動車が走るための心臓部となる系が、パワートレインであるといえます。

21世紀に入り、自動車の主流は徐々に、そして確実に、ガソリンを材料にエンジンを動かして走るものから、電気を材料にモーターを動かして走るもの、つまり電気自動車に移りつつあります。

そうなれば、パワートレインの主流についても、ガソリン・エンジンの回転で動くものから、電動モーターの回転で動くものへと、移りゆくことになります。

電気自動車のパワートレインには「インバーター」が含まれます。車が走っているとき、直流の電流を交流に換えてモーターを動かします。また、車が減速するときには、交流の電流を直流に換えてエネルギーをむだなく回収します。

また、モーターの回転数を調整する、ガソリン車でのトランスミッションにあたる役割については、多くの電気自動車では多段変速をしないものが使われています。

ガソリン車から電気自動車へ、自動車の主流が変わるなかで、自動車を走らせるための装置系のしくみやつくりも変わっていくわけです。企業は、それに対応して新たな技術を競って開発し、社会全体としては技術の移りかわりが起きていきます。

参考資料
カーセンサー 自動車なんでも用語集「パワートレイン」
https://www.carsensor.net/contents/terms/category_484/_9630.html
大車林「トランスミッション」
https://www.weblio.jp/content/トランスミッション
日産自動車「e-パワートレイン」
https://www.nissan-global.com/JP/TECHNOLOGY/OVERVIEW/e_powertrain.html
Web Cartop「意外と知らない 電気自動車にトランスミッションがないのはナゼ?」
https://www.webcartop.jp/2016/10/51571
野村ホールディングス 2018年4月25日付「財界観測 自動車パワートレインの電動化」
https://www.nomuraholdings.com/jp/services/zaikai/journal/pdf/w_201804_04.pdf
| - | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0)
観察に観察を重ね「本質」に近づく

写真作者:Andrew Gustar

「ものごとの本質」を見当しなければならないことがあります。とくに、模範をもとに「模倣」をするときには、その模範となるものが、ほかでもなくどうしてそれなのかを見定めることが大切になります。

では、どうしたら倣いたいものごとの「本質」を当てることができるようになるのでしょうか。

その手段のひとつが「観察すること」といえましょう。ものやこと、また現象などを注意深く、全体として把握するおこないを「観察」といいます。注意深く見ていると、その対象物の性質、挙動、傾向、様式などがわかってきます。観察によって得られたそれらの情報は、「ものごとの本質」を当てるために、どれも役立つものとなるでしょう。

ただし、その対象物だけを観察しているかぎりは、まだ、その対象物の「特徴」を言いあてられても、「本質」を言いあてることはできますまい。得られた性質、挙動、傾向、様式が、ほかのものにも当てはまる場合があるからです。たとえば、粉砂糖をずっと観察して「白くて、粒々で、さらさらしている」といったことを得られたとしても、白くて、粒々で、さらさらしているものはほかにもあります。

そこで、観察したものとおなじような特徴をもっているべつのものも観察します。すると「はじめに観察したものはこうだが、つぎに観察したものはこうだ」といったちがいが浮かびあがってきます。たとえば、粉砂糖のほかに、塩も観察してみます。すると、共通する「白くて、粒々で、さらさらしている」といった「特徴」のほか、「粉砂糖にはアリが寄ってくるが、塩にはアリが寄ってこない」といったちがいが見えてきます。

こうした情報から、「粉砂糖には、生きものにとっての栄養がふくまれている」という「本質」が見えてくるわけです。

いまは、探したい情報にたどりつきやすい時代です。「粉砂糖 本質」などと検索すれば、なにかしら出てくるかもしれません。しかし、自分の五感を使って観察して得られた「本質」は、実感をともないます。五感をともなった体験ゆえ、「このものの本質はこういうものだ」と、自分のなかに長くもっておけるようになります。

􏰜􏰝􏰒参考資料
ブリタニカ国際大百科事典「観察」
https://kotobank.jp/word/観察-48788
鈴木宏昭「小学校理科における『観察』指導の特質」
http://www.jsse.jp/~kenkyu/120306.pdf
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
木々の色味は先入観と異なりやすい(3)紅葉編
木々の色味は先入観と異なりやすい(1)森林編
木々の色味は先入観と異なりやすい(2)サクラ編


京都・嵐山の紅葉

秋から冬にかけて、広葉樹が葉を落とす前に、葉が紅くなっていきます。紅葉です。葉と枝をつなぐ部分に離層がつくられ、枝のほうに移動できなくなった糖類がアントシアンという赤い色の物質に変わることで起きると説明されます。

「紅葉」と書いて「もみじ」とも読むため、「紅葉」から「真っ赤に色づいた葉」を思いうかべる人もいることでしょう。そして、葉だけでなく、山全体が赤々と色づくような光景を思う人もいるかもしれません。

しかし、実際の山では、一面がすべて赤や黄などの暖色で染まるということはまずもってありません。

冒頭の写真は、京都の嵯峨界隈から見た嵐山です。真っ赤に染まっているモミジやカエデのような木々があるいっぽうで、なかには色の変わっていない、緑色のままの木々もあります。暖色系のほうが目立つものの、緑色の木々のほうが面積はおなじか広いくらいかもしれません。

この写真も、フォトショップの「モザイク」効果をかけてみると、赤色、橙色、黄色などの暖色系から、ややくすんだ深緑色まで、多様な色模様となりました。


上の嵐山の紅葉の写真に「モザイク」をかけた画像

日本の森林は基本的に、2種類以上の樹木が混ざっている「混交林」です。なかにはスギだけなど1種類のみからなる「純林」とよばれる森林もあるものの、そうした純林のほとんどは紅葉の起きない針葉樹です。

つまり、紅葉の見られる森林では、さまざまな種類の広葉樹や針葉樹が混ざりあっています。樹木の種類がちがうならば、一斉にその山の木々が色づきはじめ、一斉に紅葉が進むということはまずありません。

そのため、紅葉の進む木、それよりも紅葉の遅れる木、さらに紅葉しない木などが入りまじり、写真にあるような小片をはぎあわせたような色模様となるわけです。

さまざまな色のある山の姿を見るのは、単一の色の山の姿を見るよりも、むしろ味わい深さがあるのではないでしょうか。

京都・嵐山の森林は、かつて針葉樹のアカマツ林だったのが、広葉樹のシイ類やカシ類が増え、このような姿になりました。(了)

参考資料
高梨武彦「京都 ・東山およ び嵐山で行った森林に関する意識調査」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssdj/51/3/51_KJ00003300942/_pdf
森林インストラクター・環境カウンセラー 豊島襄の『林住日記』「京都嵐山の植生」
https://forestjo.exblog.jp/14835995/
| - | 21:03 | comments(0) | trackbacks(0)
木々の色味は先入観と異なりやすい(2)サクラ編

木々の色味は先入観と異なりやすい(1)森林編

前もってつくられた固定的な観念を「先入観」といいます。人のもつ先入観は、実際のもののようすとかなり異なっていることがあります。

日本人が好む木々の表情のうち「サクラの色」も、先入観と実際の色がだいぶ異なるものといえるのではないでしょうか。

色の種類のひとつに「桜色」があります。ウィキペディアを見ると、「表示されている色は一例です」としつつ、「シアン0%、マゼンタ5%、イエロー2%、ブラック0%」という色の構成が示されています。これは下の画像のような色です。


「桜色」シアン0%、マゼンタ5%、イエロー2%、ブラック0%

まずこの時点で、「桜色」とよばれる色では、マゼンタが5%、イエローが2%使われているだけで、ほとんど色が使われていないことがわかります。

では、この「桜色」は、実際のサクラの色味を反映しているでしょうか。

日本の代表的なサクラといえばソメイヨシノです。下にある写真のように、ソメイヨシノの並木は、日本人にとって見慣れた風景といえます。


ソメイヨシノの並木

この写真にフォトショップの「モザイク」をかけてみるとどうでしょうか。つぎのようになります。


上のソメイヨシノの並木の写真に「モザイク」をかけた画像

この画像のなかで、わりかし明るめの画素を抜きとって、フォトショップの「スポイト」というツールで、色を抽出してみます。

すると、「シアン19%、マゼンタ20%、イエロー16%、ブラック0%」となっていました。


シアン19%、マゼンタ20%、イエロー16%、ブラック0%

影になっている部分もあるからでしょう、実際のソメイヨシノの写真から抽出した色は、シアンの要素も入っており、冒頭の「桜色」にくらべると、だいぶくすんでいるといえます。

「桜色」と実際のソメイヨシノの写真から抜きとった色にも若干のちがいがあることがわかります。それよりも、大きなところでいえるのは「サクラの色」というのは、基本は無色であり、そこにわずかながらマゼンタなどの色の要素が加わっているくらいのものであるということです。

なお、ソメイヨシノは人が挿し木によって広めたもの、つまりクローンですので遺伝的な特徴はどのソメイヨシノもおなじ。つまり、花びらの色はすべておなじです。また、ソメイヨシノの花を桜色にするのは、アントシアニンという色素によるもので、花が開いた直後よりも散るころのほうが、この色素の量は増えるため、より赤みを帯びるようになります。

もうひとつだけ、日本人が好む木々の表情について、色の分析をしてみます。つづく。

参考資料
ウィキペディア「桜色」
https://ja.wikipedia.org/wiki/桜色
日本植物生理学会 植物Q&A「桜の花の2つの色」
https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=2642

| - | 13:09 | comments(0) | trackbacks(0)
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