科学技術のアネクドート

1年が短く感じられるのは、365がさして大きな数ではないからでは……

写真作者:akiko yanagawa

10月下旬となり、2019年も残すところ70日となりました。1年のうち、およそ5分の4が過ぎたことになります。

おそらく多くの人が「1年間とは短いものだ」と感じながら暮らしているのではないでしょうか。マイナビニュースの意識調査では、2017年6月に起きたできごとについて、1年後の2018年6月に「もう1年」と感じるか「まだ1年」と感じるかを会員に聞いています。パンダのシャンシャン誕生や、加藤一二三九段の現役引退などの5項目について、いずれも「もう1年」が過半数を上まわったそうです。

どうして、多くの人は1年を短く感じるのでしょうか。本来「短い」「長い」といった感覚は、なにかとくらべて「短い」「長い」と感じるはずです。

ひとつ考えられるのは、子ども時代に過ごした1年にくらべて「短い」と感じるというものです。10歳の子にとって直近の1年はそれまでの生涯の10分の1ですが、100歳の人にとって直近の1年はそれまでの生涯の100分の1となります。この生涯における1年の分量のちがいが、大人にとって「1年は短い」と感じさせる要因になるという話です。

しかし、これは説であり、実証されているわけではありません。

つぎのような考えかたはどうでしょうか。

「そもそも1年が365日しかないので、短く感じる」

「365」は、1に365を掛けた数値です。この数そのものが、大きいように感じられて、じつは小さい数なのではないかということです。

たとえば、お金でいえば1円をひとつ、ふたつ、みっつと机に置いていけば、365枚にたどりつきます。1年にたとえれば、これで“終わり”となります。

あるいは、けん玉の技のひとつ「もしかめ」でいえば、大皿から中皿へ玉を1回、2回、3回と移していくと、365回にたどりつきます。1年にたとえれば、おなじくこれで“終わり”となります。

「1年」や「年」というと、やや長大な印象をあたえるものの、「日」の数で表すと、それは「365日」です。この数をあまり大きくないと感れば、長大な印象の1年に対して、実際のところ365日は短小ということになり、「1年って短いな」という感覚につながるというわけです。

禅問答のようですが。

参考資料
マイナビニュース 2018年7月1日付「1年って早い? 遅い? 今年も半分終わりました」
https://news.mynavi.jp/article/docchi-516/
知恵蔵mini「ジャネの法則」
https://kotobank.jp/word/ジャネの法則-191585
中日新聞プラス 2018年12月21日付「珍説?!新説?歳をとると1年が速いワケ!」
https://chuplus.jp/blog/article/detail.php?comment_id=8214&comment_sub_id=0&category_id=591
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「ヘクトパスカル」の前の「ミリバール」の前は「ミリ水銀柱」


写真作者:snak

台風が日本列島に近づくたびに、台風の強さが報じられます。2019年10月の台風19号は、もっとも強まったときには915ヘクトパスカルとなり、伊豆半島に上陸したときも960ヘクトパスカルという気圧の低さでした。

「ヘクトパスカル」は圧力の単位です。1平方メートルに1ニュートンの力がはたらいたときの圧力は「パスカル」といいます。これに「100倍」の意味の接頭辞「ヘクト」がついて「ヘクトパスカル」となります。

1992年11月30日まで、気圧を表す単位には「ヘクトパスカル」でなく「ミリバール」が使われていました。1ヘクトパスカルは1ミリバールですので、単位だけがかわったことになります。

なぜ「ミリバール」が「ヘクトパスカル」にかわったのか。これは、「国際的な単位に日本も合わせる」という理由のものであるといわれます。国際度量衡総会という、世界で通用する単位系を保つために開かれる会議において、1954年に気圧の単位を「ヘクトパスカル」とすることを定めていました。しかし、日本では「ミリバール」を使ってきたため、そのまま「ミリバール」を使いつづけました。しかし、さすがに世界と足なみを合わせるべきという意識が強くなり、「ヘクトパスカル」を使うようになったのでしょう。

では、日本では「ミリバール」がずっと昔から使われてきたのかというと、そうでもありません。「ミリバール」の前は「ミリ水銀中」という単位でした。1ミリ水銀柱は、約1.333ミリバール。1ミリバールは約0.75ミリ水銀柱です。

「ミリ水銀中」から「ミリバール」にかわったのは終戦後まもなくの1945年12月15日とされます。この間、8年ほど「ミリバール」が使われてきたのみですが、世界的な「ヘクトパスカル」への変更に、日本は乗らなかったことになります。戦争が終わって、英語がふたたびさかんに使われるようになり、「ミリバール」が国民によく受容されたといった背景もあるのでしょうか。

ちなみに、「ミリバール」は、英語では「mbar」と書き、「ミリ水銀中」は、英語では「mmHg」と書きます。「ミリバール」では“m”が1個なのに対して、「ミリ水銀柱」では“m”が2個なのは、ミリはミリでも意味あいがちがうからでしょう。

「ミリバール」の「ミリ」は「バールという単位の1000分の1」を示す接頭辞です。いっぽう、「ミリ水銀柱」の「ミリ」は「1ミリメートルの高さの水銀柱が底面におよぼす圧力」という意味で使われています。「ミリバール」の「ミリ」は接頭辞であるために“m”が1個なのに対し、「ミリ水銀柱」の「ミリ」は長さの単位であるため“mm”だと考えられます。

参考資料
ウェザーニュース 2017年12月1日付「なぜ気圧の単位『mbar(ミリバール)』が突然『hPa(ヘクトパスカル)』に変わったのか?」
https://weathernews.jp/s/topics/201711/270195/
ウィキペディア「令和元年台風第19号」
https://ja.wikipedia.org/wiki/令和元年台風第19号
ウィキペディア「国際度量衡総会」
https://ja.wikipedia.org/wiki/国際度量衡総会
大日本図書「いろいろな単位 圧力mmHg」
https://www.dainippon-tosho.co.jp/unit/list/mmHg.html

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摩擦係数が低いと滑りやすい

写真作者:TranceMist

走っている人は、ときに「滑る」経験をしたことがあるかもしれません。雪が積もった工事用鉄板の上。あるいは、雨が降ったあとのぬかるみの上。こうした状態のところでは「滑る」危険性がとても高くなっています。

こうした滑りやすさ・滑りにくさの度あいは、「摩擦係数」という数値であらわすことができます。

ふたつの物体が接しているとき、その面には摩擦が生じているはずです。そして、その摩擦は、ふたつの力がもたらしています。ひとつは、接触面に沿った方向にはたらく抵抗力で、これを「摩擦力」といいます。もうひとつは、接触面に垂直な方向にはたらく抵抗力で、これを「垂直抗力」といいます。

摩擦係数とは、摩擦力に対する垂直抗力の比のことをいいます。

このように説明しても、あまりぴんときません。

より感覚的にいえば、地面に置かれた1キログラムの物体を、1キログラムの力で引っぱったとき、その摩擦係数は1であるといえます。垂直抗力が1、摩擦力が1であり、「1÷1=1」だからです。いっぽう、地面に置かれた1キログラムの荷物を、わずか200グラムの力で引っぱることができたとき、その摩擦係数は0.2であるといえます。垂直抗力が1であり、摩擦力が0.2であり、「0.2÷1=0.2」だからです。

おなじ1キログラムの荷物を引っぱるのに、摩擦係数が大きいときはより引っぱる力が必要となり、逆に、摩擦係数が小さいときは引っぱる力はあまりかからない。つまり、摩擦係数が大きいほど滑りづらく、摩擦係数が小さいほど滑りやすい、ということになります。

たいていのふたつのものの組みあわせでは、摩擦係数が1を超えるということはありません。たとえば、靴底と床材の接する面に生じる摩擦係数は0.412ほどとされます。外で走るときは、道路の摩擦力はより高いでしょうから、摩擦係数はより高いはずです。乾燥したアスファルトのでは、摩擦係数は0.8ほどともいいます。

いっぽう、バナナの皮と床材の接する面に生じる摩擦係数は、バナナの皮を踏んだ瞬間では0.066ほどにまで下がるといいます。バナナの皮ほどではないでしょうが、雪がうっすり積もった工事用鉄板と靴底が接する面、あるいは、ぬかるみと靴底が接する面での摩擦係数は、乾いた道路と靴底が接する面での摩擦係数より、相当に低いはずです。

では、そうした摩擦係数のとても低い路面のうえを靴で進むにはどうすればよいでしょうか。

その答えは、「できるだけ靴を真上から垂直に踏みおろすようにする」となります。

物体は、斜面の角度が大きくなると、滑りおちていきますが、この滑りはじめのときの角度を「摩擦角」といいます。接するふたつの物体のくみあわせでは、その摩擦係数から摩擦角も決まっています。そして、この摩擦角は、地面と靴底の角度にも当てはめることができます。つまり、大幅なストライド走法などをして、靴底の地面に対する進入角度が摩擦角より上まわっていると、「滑ってあたりまえ」となるわけです。

ですので、できるだけ靴を真上から垂直に踏みおろす。しかし、それだと走ることにはなりません。

滑りたくなければ、雪の積もった鉄板の上や、ぬかるみの上を走らない。それでも走りたければ、滑るのことを覚悟して走る。これが結論となります。

参考資料
デジタル大辞泉「摩擦係数」
https://kotobank.jp/word/摩擦係数-136069
デジタル大辞泉「垂直抗力」
https://kotobank.jp/word/垂直抗力-83069
大辞林第三版「摩擦角」
https://kotobank.jp/word/摩擦角-136067
ものづくりウェブ「摩擦力と摩擦係数」
http://d-engineer.com/Mechanics/masatu.html
馬渕清資「バナナの皮の科学」
http://www.jikkyo.co.jp/download/detail/45/9992657204
大野タイヤ商会「摩擦係数μ(ミュー)って何?」
http://www.ohnotire.com/tishiki/tishiki-01-21.html
ウィキペディア「摩擦」
https://ja.wikipedia.org/wiki/摩擦
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“科学に近い人”たちは特定の話題を避ける


写真作者:Craig Anderson

人がみずからで「自分はこのような人間だ」と判断するとき、その材料となる要素はたくさんあります。たとえば、流行に鋭いか疎いか、運動が得意か苦手か、仕事が好きか嫌いか、などなど……。

「自分は“科学に近い人”かどうか」というのもありそうです。「科学に近い人」というのは、科学に対して「リテラシーがある」「得意と思っている」「興味をもって接している」などと自認しているような人です。世でいわれている「理系の人」はほぼ当てはまるでしょうが、いわゆる文系の人のなかにも「科学に近い人」はいます。

“科学に近い人”たちだけが集まることもあります。大学での理系学部の教授たちの会議、科学ライターの集会、高校の科学部の活動などです。

こうした集まりでは、“科学に近くない人”も参加する集まりとはちがって、だれも積極的に口にしないような話題もあるようです。

たとえば、血液型と性格の関係についての話は、“科学に近い人”たちだけの集まりではめったになされることはありません。“科学に近い人”たちは、「A型はまじめ、B型はマイペース、AB型は夢追い、O型は現実的」などと世間でいわれていることを、信じていないからです。むしろ、そういう話を自分からしだすと「この人は大丈夫だろうか」と白い目でみられるおそれさえあります。

パワースポットについての話題もめったにのぼりません。「あの場所に行けば力を得られる」とか「癒される」とかいったことを信じていないからです。ただし、科学が発達するより前からある神社やお寺については、その存在や役割を否定する人はあまりいませんが。

マイナスイオンについての話題も避けられがちです。「マイナスイオン機能つきのドライヤーを使っているんですけれどね」などと話そうものなら、ほかの“科学に近い人”たちは、苦笑いを浮かべ「ふーん。ところでさ……」とべつの話題に移ろうとするかもしれません。

つまるところ、科学的な根拠がない、あるいは根拠があるかどうかわからないような現代の話題については、言及するのを避けるわけです。それが、“科学に近くない人”にとって、最適なやりかたであるために。

| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
一気にしてしまうほうがよいことと、すこしずつしていくほうがよいことがある

写真作者:haru__q

「作業を、一気にしてしまうほうがよいか、それとも、すこしずつしていくほうがよいか」といったことが、仕事論などではよく話題になります。

しかし、すべてのものごとに対して「一気のほうがよい」「すこしずつのほうがよい」とあてはまるものでもありますまい。ものごとの性質からして、「この作業は一気にしてしまうほうがよい」あるいは「この作業はすこしずつしていくほうがよい」といった場合わけがあるはずです。

では、「一気にしてしまうほうがよい」作業と、「すこしずつしていくほうがよい」作業のちがいはなんでしょうか。ここでは「よい」というのを「目的を達成しやすい」に置きかえてみます。

基本的には、一気にしてしまっても目的を達成するうえで支障をきたさないものごとに対しては、一気にしてしまうほうがよいのでしょう。

なぜなら、途中で作業を中断してしまうと、また再開するときに、物理的にも精神的にも準備の手間がかかってしまうからです。準備に手間がかかると、手間がかからないときより、目的の達成が遅れてしまいます。より悪い場合では「まぁやらなくていいや」と心がわりが生じ、目的を達成できなくなってしまいます。

しかし、一気にしてしまうことで目的の達成に支障をきたすものごとも世間にはあるものです。

たとえば、肩を痛めてしまった野球の投手が手術後、投球能力を回復させようとしているとき、一気に痛める前のような投球をおこなえば、ふたたび肩を痛めてしまうことでしょう。「きょうは肩を動かせた」「きょうはゆっくり10球、投げられた」「きょうは30球」と、すこしずつ段階を追って、痛める前の投げかたに近づけていくべきです。

また、紙を素材とする工芸では、厚紙を一気にナイフで切断してしまうと、切れ跡がぎざぎざと粗くなってしまうといいます。そこで、たとえば1ミリメートルの厚さの紙に対しては、ナイフで0.2ミリずつ切りこみを入れていき、5回目に完全に切るといった作業をするそうです。

催しものの主催者が複数の団体に対して、「あなたの団体から、どなたかに登壇していただけませんか」と依頼するときにも、一気に依頼してしまうと目的の達成に支障をきたす場合があるといいます。たとえば、ダイバーシティを主題とするセミナーを催そうと、4つの企業に社員の登壇を依頼するとき、一気にそれをしてしまうと、「登壇者がすべて男性」とか「登壇者がすべてベテラン」とか、かたよった面子になってしまうおそれがあります。1企業目はベテランの男性を人選してくれたので、2企業目には属性の異なる社員の登壇を依頼するといったように、すこしずつ依頼を進めていけば、目的を達成しやすくなります。

これらの事例からいえることは、「一気にしてしまうと、それが原因で目的の達成に支障をきたすおそれのあるものごとは、すこしずつしていくほうがよい。支障をきたすおそれのないものごとは、一気にしてしまうほうがよい」ということです。このくらいのことしかいえませんが。
| - | 06:31 | comments(0) | trackbacks(0)
「『エビに優しい』養殖技術、日本から世界へ」


きょう(2019年)10月18日(金)ウェブニュース「JBpress」で「『エビに優しい』養殖技術、日本から世界へ 世界を渡り歩くグローバル食材、エビ(後篇)」という記事が配信されました。

いま世界でおこなわれているエビ養殖のきっかけをつくったのは、藤永元作(1903-1973)という日本の研究者です。藤永の養殖法が20世紀後半、海外に広がり、世界各地で養殖がおこわれるようになったこともあり、日本はエビの輸入大国となりました。2017年の輸入量はおよそ22万トン(天然ものもふくむ)。これは、国内生産量の10倍以上です。

もはや日本のエビは、世界とのつながりを考えずには語れないような食材となっているわけです。

では、輸入におおいに頼っている日本が、輸入元の国や地域のためにできることとはなにか。そのひとつが、優れた養殖関連の技術を開発して、海外での養殖場でも使ってもらうということ。そのための研究が、茨城県つくば市の研究機関でおこなわれています。

記事に出てくる国際農林水産業研究センター(国際農研)は、開発途上地域などにおける農林水産業の技術向上に向けた研究をしている国立研究開発法人。エビについても、これまでに、内陸の施設でエビを衛生的に育てる「陸上養殖」の技術を、国内企業などとともに開発した実績があります。

いま、エビの養殖をめぐる課題としてあるのが「眼柄切除をせずにエビの成熟を促す」というもの。眼柄切除とは、おもにクルマエビ科の母エビの眼を切ってとり除くこと。すると、卵の成熟が促され、産卵が進みます。稚エビの安定供給につながるため、養殖ではよくおこなわれています。

しかし、眼柄切除は手間がかかるうえ、つぎつぎと新たなエビで眼を切っていかねばならず、作業効率に課題があるとされます。また、消費者のあいだでも「眼を切ることはいかがなものか」と感じる人が増えてきているようです。

眼柄切除でなくエビの成熟を促す方法をうちたてる。こうした目標を立て、国際農研のチームは研究を進めてきました。記事はその具体的な方法を伝えています。とりくんでいるのは、米国出身の女性研究者や、韓国出身の女性研究者たち。エビという食材のグローバルぶりを象徴しているかのようです。

エビの養殖場は東南アジアや南アジアをはじめ世界に広がっているため、新たな養殖関連技術が実用性に足るものと認められた日には、広く波及していくこととなるでしょう。

「『エビに優しい』養殖技術、日本から世界へ」はこちらです。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57946

また、日本におけるエビの歴史や藤永元作の足跡をたどった前篇「『クルマエビの父』が切り開いた世界のエビ養殖」はこちらです。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57880

記事の取材と執筆をしました。
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台風被害でルサンチマンが発露

写真作者:Yuichi Yasuda

(2019年)10月の台風19号によって各地で浸水が起きました。いまも多くの場所で復旧のための作業がおこなわれています。

浸水のあった地区のひとつに、神奈川県川崎市の新丸子東やその周辺があります。武蔵小杉駅を最寄駅とする地区です。高層住宅や商業施設が建ちならんでいる場所には、一世代前まで大きな工場がありました。東急東横線の駅ホームの目と鼻の先は工場の敷地でした。

台風による被害があったさまざまな地域のなかで、この地域に対する世間の見かたや感じかたはかなり異なっているようです。街が泥水に浸かっているようすや、横須賀線の駅改札口が使えなくなり長蛇の列ができているようすに対して、そうした住民たちの被害ぶりをよろこぶようなことばがインターネット上では見られます。

この状況は、人びとが心に抱いている「ルサンチマン」が発露しているものととることができます。ルサンチマンとは、「恨み」や「妬み」を意味することばで、デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴール(1813-1855)が使いだしたのを、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)が再定義し、その後、一般に使われるようになりました。

もともとニーチェは、被支配階級だったユダヤ人が、支配階級だったローマ人の力強さや、生きることを楽しむことなどに対して恨みや妬みを抱いたとされることについて考えをめぐらせていたといいます。ここから「強いものは悪で、弱いものは善」という考えが生まれ、さらに「貧しき者こそ幸いなり」といったような考えにまで発展し、そしてキリスト教が起こったのだとニーチェは考えました。

武蔵小杉のような高層住宅に住む人びとの所得は、おそらくは世の平均よりも高いことでしょう。そうした人びとが被害を受けていることを知った人びとが、屈折したよろこびを表現している。端的にいえば「ざまあみろ」と感じて、その感じかたをインターネットでことばとして表しているわけです。

しかし、こうした言われようは、武蔵小杉に住んでいる人びとからすれば「堪ったもんじゃない」のではないでしょうか。被害を受けたうえに、ほかの地域の人びとからもあざ笑られるというのは、どれだけのものでしょうか。

どれだけの人びとが、どのくらいのルサンチマンを抱いているかを測ることはできません。しかし、インターネットでだれもが発言できるようになり、そうした恨みや妬みが、ことばとして見受けられやすい時代となっています。

参考資料
知恵蔵「ルサンチマン」
https://kotobank.jp/word/ルサンチマン-150755
ブリタニカ国際大百科事典「ルサンチマン」
https://kotobank.jp/word/ルサンチマン-150755
| - | 11:54 | comments(0) | trackbacks(0)
雨のなか走った人「後悔」漏らす

写真作者:daBinsi

台風がきているときに不要不急の外出をすることは、ぜひとも避けたいところです。どんな危険な目に遭うかわかりません。大きな台風のたびに「ちょっと川のようすを見に行ってくる」といってそのまま犠牲者になるような人もいます。

しかし、台風ほどの暴風雨でなければ、外出する人も多くいます。なかには、雨の日に積極的にランニングをするという人もいるようです。

雨のなかで走ることには「シャワーラン」というよび名までついています。これから出場するマラソン大会で雨が降ることを想定して練習するという目的がありますが、もうひとつ、純粋に雨のなかを走ることを楽しむという目的もあるようです。

インターネットでも、「シャワーラン」と入れると……。

「シャワーランの魅力と注意点を知って、梅雨シーズンも楽しく走りたい!」
「シャワーランを安全に楽しむために覚えておきたいこと」
「雨の日こそ走ろう!シャワーランで気分爽快!」

このような見出しの記事が検索されます。

しかし、雨のなかを走ることで、よい気分になれるかというと、それは走る人によりけりなのかもしれません。

最近、ややしっかり降る雨のなかを走ったという人物は、つぎのような感想を言っています。

「どうしてもその日に走らないと自分のノルマをクリアできないため、『よし、こうなったらシャワーランだ』と考えて、走りはじめました」

「すぐに、ランニングシューズのなかに水が入ってきて、途中で水たまりに思いきり浸かってしまったため、足がとても気持ち悪くなりました」

「服も、綿では雨がしみこんで重くなるだろうと思い、ポリエステル素材の長袖を着たのですが、外側から雨に当たり、内側からは汗が出てきて、ふだんの感覚とまったく異なりました。はっきり言えば、雨のなかを走ったのを後悔しています」

この人は、雨のなかを走ることは初経験だったようです。慣れていけば、また気持ちも変わってくるのかもしれませんし、初経験で嫌な思いをしたので気持ちは変わらないかもしれません。

「シャワーラン」というのは、ただ「雨のなかを走る」というだけではなく、「雨のなかを楽しんで走る」ということなのかもしれません。
| - | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0)
「点字ブロックにQRコード」で経路を案内


東京・辰巳にある東京メトロ有楽町線の辰巳駅では、点字ブロックにQRコードが貼られています。となりの終点・新木場駅にもおなじように点字ブロックにQRコードが。

東京メトロの発表によると、これは視覚障がい者向けの道案内のしくみとのこと。「shikAIシステム」とよぶそうです。有用であるかを検証するため、試験的にこの2駅の点字ブロックに貼られているとのこと。

視覚障がい者が、QRコード読みとり機能をオンにしたスマートフォンを手に持ち、点字ブロック上を歩きます。すると、点字ブロックにあるQRコードが読みとられ、専用アプリから「右折、3メートル前進」などと、スマートフォンから音声で案内がされます。

この実証試験では、ホームから改札を経て出口に向かう経路と、改札からホームに向かう経路の2通りの案内がなされています。

視覚障がい者にとって、駅は移動するときに使う便利な公共施設であると同時に、事故にあうおそれのある存在でもあるといえます。

国土交通省によると、2019年度の駅ホームからの転落事故は2863件ありましたが、そのうち視覚障がい者の件は65件あったそうです。また、視覚障がい者が駅などで転落して死亡する事故は、2010年度から2017年度のあいだで計10人にのぼったとのこと。

こうした案内のしくみが便利かどうか、視覚障がい者に聴いて検証する必要はあるでしょうが、より事故のおそれが減ることになるのではないでしょうか。

将来的には、こうしたしくみが発展して、全地球無線測位システム(GPS:Global Positioning System)を利用したカーナビゲーションのように、目的地までを音声で案内するようなしくみも使いかたによっては考えられそうです。いまスマートフォンがどこにあるか、その位置情報の精度がいまよりずっと高まることが必須にはなりますが。

参考資料
東京メトロ 2019年7月30日発表「視覚障がい者向け駅構内ナビゲーションシステム『shikAI』の実証実験を実施します」
https://www.tokyometro.jp/news/images_h/metroNews20180727_g31.pdf
国土交通省「駅ホームからの転落に関する状況」
http://www.mlit.go.jp/common/001251591.pdf
時事通信 2019年4月28日付「視覚障害者10人死亡 駅ホームで転落・接触 10〜17年度、負傷も5人・国交省」
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30歳代早々で「流行楽曲ばなれ」となる向きも

写真作者:lambda_X

どんな音楽を好んで聴いているでしょうか。日本のポップス、洋楽のロック、インストゥルメンタル、クラシック……。好きな分野あるいは歌手がいるということは、人生のいつぞやの時点で、そのきっかけとなる楽曲との出あいがあったのかもしれません。

しかし、ある年齢を超えると、もはやそうした音楽とは出あいづらくなるともいわれているようです。

2015年、「『あのころの音楽は好かった』いつ私たちは人気の楽曲を聴くのをやめるのか」(“Music was better back then”: When do we stop keeping up with popular music?)という記事が米国で出され、それ以降、話題になっているようです。

この記事では、つぎのような要点が書かれています。

10歳代後半の音楽的嗜好は信じがたいほどポピュラー音楽に支配されているが、20歳代では確実のポピュラー音楽好きの比率は下がり、30歳代早々に「成熟」の域になる。

男性も女性も10歳代後半のうちはおなじような音楽を聴くが、その後、女性より男性のほうが主流の楽曲を聴くことが急激に減っていく。

どんな年齢であれ、子どもがいる人びとは、自分がおなじぐらいの年齢だったときに聴いていた楽曲ほどは、いま人気の楽曲を聴かない。

どうでしょうか。これらの調査結果は、「スポティファイ」とよばれる音楽配信サービスの利用傾向をもとに導かれたものだそう。つまり、脳科学や心理学での知見というわけではなく、いわば多くの人びとを対象に傾向を得る疫学研究のようなものです。

たしかに、記事で示されているグラフでは、14歳から19歳ぐらいの年齢層は、現代の人気ある楽曲として上位にあるものを非常によく聴くものの、20歳代になり年齢を重ねるにつれ、そこからどんどん離れていき、33歳ぐらいになるとほぼ変化しなくなっています。「成熟」というと響きはよいものの、いってしまえば「新たな嗜好の停止」といった域をさしているようです。

では、こうした30歳代での「流行楽曲ばなれ」は、どうして起きるのか。記事ではふたつの要因を示しています。

ひとつは、彼ら・彼女らが若い時代にラジオで聴かなかったような、なじみのない音楽の分野であることを感じとってしまうということ。

もうひとつは、彼ら・彼女らは、10歳代のころに聴いていた楽曲に戻っていくということ。

どうでしょうか。とくに33歳以上の方々は、経験的にどう感じるでしょうか。「たしかに、10歳代や20歳そこそこの多感な時期に聴いていた楽曲は心のなかでいつまでも響きわたるが、近ごろ流行している楽曲はどうも入ってこない」でしょうか。それとも「いまはいまで新たな流行の楽曲を気に入って、ユーチューブなどよく聴いている」でしょうか。

そもそも若いころに好きになった楽曲というのは、最近の楽曲よりも長い時間をかけて、より多く聴いているはず。こうしたことから、若かりしころの楽曲のほうが、最近の楽曲よりもなじみがあるというのは、当然といえば当然です。

そのうえで、何歳になっても新たに世に現れた楽曲に惹かれつづけるか、それとも嗜好停止となるか。これは多分にその人の気質や性格なども関わってくるものかもしれません。

参考資料
Skynet & Ebert 2015年4月22日付 “ “Music was better back then”: When do we stop keeping up with popular music? ”
https://skynetandebert.com/2015/04/22/music-was-better-back-then-when-do-we-stop-keeping-up-with-popular-music/
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カタツムリ先輩に汚れの防ぎかたを学ぶ


「カタツムリ」です。「笠(かた)ににた貝(つむり)」という語源から「カタツムリ」といわれるようになったとされます。昔の「笠」は、縫糸をらせん状に縫ってつくられていました。古の人は、そのらせん模様とカタツムリの殻の模様を重ねあわせていたのでしょう。

カタツムリの殻で気づくことがあります。それは、いつもつやつやぴかぴかしていること。「カタツムリ」と画像検索して出てくるのは、つやのある殻を背負った姿です。

カタツムリの殻の表面には、無数の小さな溝が刻まれているといいます。その溝はつねに水分を保てるようになっているのだとか。それによりカタツムリの殻にはつねに水の膜ができ、油分のあるような汚れを寄せつけないわけです。

このカタツムリの殻のつくりは、人間にとってもおおいに参考になるものでした。カタツムリの殻のつくりを模倣すれば、汚れのつかないタイルをつくることができるのではないか……。こう考えたのは、住まいの製品を開発・販売するLIXILの社員でした。

カタツムリは生まれながら小さな溝が刻まれた殻をもっています。いっぽう、人間はそうしたつくりを自分たちの手でつくらなければなりません。そこで人間は、タイルの表面を二酸化ケイ素とよばれるガラスにも使われる素材で覆うことで、カタツムリの殻の表面を模倣しました。実際、タイル表面に水分を含む度合は、カタツムリの殻を上まわっているといいます。

その後、実験の積みかさねにより、タイルを長年きれいに保てることが確かめられました。

このように満を持して外装壁タイルが製品化されたそうです。

タイルを長いこと使えるということは、維持や保守をしなくてもよいということ。つまり、従来よりも塗りかえや張りかえの必要性がすくなくなるため、環境への負荷も低減されます。

人間は、長い歴史のなかで、いつの時点にか、汚れのつかないタイルを開発していたことでしょう。しかし、カタツムリという偉大なお手本がこの地球にいたことが、開発の時点を早めたことにちがいありません。

参考資料
語源由来辞典「かたつむり」
http://gogen-allguide.com/ka/katatsumuri.html
Chisato Hata「カタツムリの殻を模倣して製品開発」『Rikejo』2014年7月号
LIXIL 2014年1月23日発表「歳月を経ても色あせないナノ親水の外装壁タイル
『HALPLUS(ハルプラス)』『HALAGE(ハルエイジ)』『HALALL(ハルオール)』シリーズを拡充、3商品を新発売」
https://newsrelease.lixil.co.jp/news/2014/030_tile_0123_02.html
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建築分野の「養生」も昔から使われていた

写真作者:LERK(talk · contribs)

台風19号(2019年)への備えとして、「養生テープ」を買う人が多くいたといいます。実際、窓に「米」の字のようにテープが貼られている家や店も見かけます。

養生テープが台風への備えとしてよく売られたという報道を聞いて、「テープのよび名に『養生』がつくなんてはじめて聞いた」「なんでテープに『養生』がつくんだ」と感じた人も多かったのではないでしょうか。

「養生(ようじょう)」とは、本来、生活に気をつけて健康の増進をはかることをさします。もともと、古くから中国で重んじられていた考えかたとされます。中国では「養成(ようせい)」ということばがあり、宋の思想家だった荘子(生没年未詳)が、「天理の自然にしたがうこと」で実現するものと説いたり、魏の文人だった嵆康(224-263)が、数百年ないし千年の寿命を得るために必要なことと説いたりしていました。

日本で、生活に気をつけて健康増進をはかるという意味での「養生」ということばを広く知らしめたのが、儒学者だった貝原益軒(1630-1714)の『養生訓』です。今日本ではさまざまな健康指南書が出版されていますが、『養生訓』はその元祖にして、長大なロングセラーといえます。その骨子は、「道を行い、善を積むことを楽しむ」「病にかかることなく健康な生活を快く楽しむ」「長寿を楽しむ」が「三楽」であり、「食欲」「色欲」「むやみに眠りたがる欲」「いたずらにしゃべりたがる欲」を「抑えるべき欲」であるといったもの。益軒本人がこれらの実践者であり、彼は『養生訓』を83歳のときに著し、そして満84歳の人生をまっとうしました。

いっぽう、建築の分野での「養生」には「作業箇所のまわりをテープやシートで保護する」といった意味があります。人のことを指していたことばが、作業対象物のことを指すように転じたわけです。

健康分野でいうときの「養生」は古くから使われてきましたが、建築分野でいうときの「養生」はどうでしょう。国会図書館の「雑誌記事検索」で「養生」と検索すると、健康分野の「養生」ほどではないものの、かなり古くからことばとして使われていたことがうかがえます。

土木研究所寒地土木研究所が1949年6月25日に発行した『北海道土木試験所月報』第4号で、技術補の澤谷純一が「土堰堤工事心壁コンクリート工寒中コンクリート電熱養生施工に就いて」という記事を寄せています。「電熱養生施工」とは、寒冷地などでコンクリートを保温するために電気エネルギーを熱エネルギーに換えて発熱を利用するもの。いまも「電熱式コンクリート養生シート」といった工具が使われているようです。


土木研究所寒地土木研究所『北海道土木試験所月報』第4号
澤谷純一「土堰堤工事心壁コンクリート工寒中コンクリート電熱養生施工に就いて」
所蔵:国立国会図書館

すくなくとも戦後まもない時期から建築分野で「養生」が使われいたわけです。実際はもっと昔から使われていたのかもしれません。

健康分野の「養生」しか知らなかった人は、建築分野で「養生」が使われることに新鮮な感じを抱いたかもしれません。逆に、建築業界の人たちは「養生といえば工事しているものを保護するもの」というのが常識かもしれませんが。

参考資料
デジタル大辞泉「養生」
https://kotobank.jp/word/養生-653073
世界大百科事典 第2版「ようせい 養生 yǎng shēng」
https://kotobank.jp/word/養生-653073
ウィキペディア「養生訓」
https://ja.wikipedia.org/wiki/養生訓
澤谷純一「土堰堤工事心壁コンクリート工寒中コンクリート電熱養生施工に就いて」『北海道土木試験所月報』1949年6月25日
http://img-cdn.jg.jugem.jp/b82/15839/20191013_3125451.jpg
イベントパートナー 業界用語大全「養生(ようじょう)ってなんのことでしょうか?」
https://www.event-partners.net/faq/technical_term/easy/26481-4.html
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山極寿一さん「人間が共感によってつながる人の数には限界があります」

画像作者:Paul Irish

科学技術振興機構のウェブ媒体「サイエンスウィンドウ」に、「未来ビジョン ゴリラたちから学ぶ 人間の本質と未来の姿」という記事が掲載されています。ゴリラ研究で知られる、京都大学総長の山極寿一さんが、「人間らしさ」とはなにかについて話しています。

山極さんがゴリラの生態などを研究してきたのは、ゴリラなどの類人猿を知ることによって、それとくらべたときの人間の特徴がどういったものかを知るためであるにちがいありません。

この点で、山極さんは「人間の特徴」を数々あげていきますが、「非常に重要な特徴」としているのが、人間は家族と共同体の「二重構造」をもっているということ。「家族」とは、見返りを求めず奉仕しあう関係のこと、また「共同体」とは、たがいに義務や権利を果たしあう関係のことをさします。

では、ほかの類人猿とちがって、どうして人間だけが「二重構造」をもてたのか。山極さんは、人間の「共感能力が高かったおかげだと思います。相手の気持ちを理解する能力を手に入れたおかげですね」と言います。この共感能力があったからこそ強い社会性をもち、連帯・団結を強めていったということです。

しかし、「人間が共感によってつながる人の数には限界があります」と山極さんは言います。そのいっぽうで、人間が生みだした情報通信技術は、インターネットに見られるように、人と人のつきあいの範囲を広げさせようとしている。

山極さんは、共感できる人の数には限界があることを前提としながら、「コミュニティーの規模に応じた適切なコミュニケーションやルールを使っていく必要があります」と述べます。具体的な方法までは述べていませんが、そこは読者が考えるべきことかもしれません。

科学技術により世界のどんな人ともかんたんにつきあえるようになりました。しかし、どんな人でも実際に共感しあいながらつきあえる人の数はかぎられている。技術の進歩と生きものとしての進化の乖離がますます大きくなっていくなかで、人間は生きていくことになります。

『サイエンスウィンドウ』「未来ビジョン ゴリラたちから学ぶ 人間の本質と未来の姿」はこちらです。
https://sciencewindow.jst.go.jp/articles/2019/0926.html
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スマートフォンに日本人ノーベル賞3件の成果

写真作者:vreimunde

きのう(2019年)10月9日(水)、スウェーデン王立科学アカデミーは旭化成の吉野彰名誉フェロー、テキサス大学のジョン・グッドイナフ教授、ニューヨーク州立大学のマイケル・スタンリー・ウィッティンガム卓越教授に、2019年のノーベル化学賞を贈ることを発表しました。授賞理由は「リチウムイオン電池の開発に対して」というものです。

受賞が決まったあとの記者会見で、満面の笑みを浮かべる吉野さんの表情が印象的です。

リチウムイオン電池とは、コバルト酸リチウムを陽極に、炭素材料を陰極に使い、両極間のリチウムイオンの移動により放電する電池のこと。旭化成の資料によると、吉野さんは1980年代はじめ、リチウムイオン電池の原型を考案し、1986年に実用的な試作品を完成させたとのこと。負極として使える炭素材料を発見するなど、リチウムイオン電池の基本構造を築いた企業内研究者といえます。

吉野さんをふくめ、これまでの日本人ノーベル賞受賞者の業績を感じることのできる機器にはどんなものがあるでしょうか。

スマートフォンはその代表的なものといえます。

iPhoneやアンドロイドなど、各種スマートフォンには充電機能があります。まさにこの充電池として使われているのがリチウムイオン電池。充電池にはほかにも両極の材料により種類がありますが、いまのところもっとも優れた充電池として、リチウムイオン電池が使われていることになります。

いっぽう、スマートフォンの画面に目を向けると、指で触れて操作できるタッチパネル方式が採られています。これは、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹さんの研究成果を礎にしたものといえます。白川さんは、電気は通らないとされていたプラスチック素材に対して、電気を通す性質をもたせることに成功しました。ノーベル賞の授賞理由は「導電性高分子の発見と発展に対して」というもの。

そして、スマートフォンには、明るくまわりを照らす照明機能がついています。これは、白色発光ダイオードによるもの。では「白色」をどう実現しているかというと、どのような方式においても青色発光ダイオードが使われています。青色発光ダイオードといえば、2014年に赤崎勇さん、天野浩さん、中村修二さんの3人が「すくない電力で明るく青色に光る発光ダイオード(LED)の発明と実用化」を理由にノーベル物理学賞を受賞しています。

日々あたりまえのように使っているスマートフォンのなかに、日本人のノーベル賞受賞の功績がさまざまふくまれているわけです。ただ、そのスマートフォンそのものに日本製や日本企業製がすくない点は、日本が抱える課題を示しているものともいえますが。

参考資料
The Nobel Prize “The Nobel Prize in Chemistry 2019”
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2019/summary/
旭化成「リチウムイオン二次電池における吉野彰博士の業績」
https://www.asahi-kasei.co.jp/asahi/jp/r_and_d/interview/yoshino/pdf/outlin_lithium.pdf
NHK News Web 2019年10月1日付「これもノーベル化学賞?!スマホのパネル」
https://www3.nhk.or.jp/news/special/nobelprize2019/chemical/article_03_02.html
パナソニック「LEDの発光原理」
https://www2.panasonic.biz/ls/lighting/led/led/principle/
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電磁誘導により電流が流れて発電

発電機
写真作者:LHOON

電流を起こすことを「発電」といいます。発電所では発電機が電流を起こしており、得られた電流を各地に向けて送りだすわけです。

では、どうすると発電するか。発電の方法に「電磁誘導」というものがあります。

ぐるぐる巻きにしたコイルの線を用意し、そのコイル線も含む回路をつくります。そしてぐるぐる巻きのコイルの中心に向けて棒磁石を垂直方向に近づけたり遠ざけたりします。すると、この磁石の動きに影響されて、コイル線のなかに電流が発生するのです。回路の途中に豆電球を入れておけば、豆電球は光るはず。つまり電磁誘導により発電がおこなわれているわけです。

この電磁誘導のしかけでは、どうして発電がおこなわれるのか。つまり、どうして電流が流れるのか。

棒磁石があるとうことは、目には見えないものの、棒磁石の先端あたりから磁力線が走っているはずです。いっぽう、コイルの線のなかには、たくさんの電子が自由な状態で存在しています。ここで、磁力線の数が変化しているとき力が生じるのですが、自由な状態にある電子は、この力の影響を素直に受けて動きます。電流が流れるとは、すなわち電子が動くということですから、これにより発電がなされるわけです。



自転車の発電装置
写真作者:huubvanhughten / www.hollandfiets.de

自転車を漕ぐと点灯するランプでは、車輪の動きに沿って回転子が回転しますが、そのさきには磁石がついていて回転します。その回転磁石のまわりをコイルが囲んでおり、このコイルに電流が生じてランプが点くわけです。

いっぽう、磁石は固定させて、ぐるぐる巻きのコイルのほうを回すということでも、電磁誘導は生じます。コイルからすれば、相対的に磁石のほうが動いていることになるからです。

そこで、発電所などにある発電機では、コイルのほうをモーターなどで回すことにより、コイルに電流を生じさせ、発電をおこなっています。

参考資料
映像授業 Try IT「電磁誘導と誘導電流」
https://www.youtube.com/watch?v=GUwyrEs0Cdc
TDK Tech Mag「テクの雑学 第163回 電池切れでも安心! 手回し式発電機の原理」
https://www.jp.tdk.com/techmag/knowledge/201104u/
TDK Tech Mag「じしゃく忍法帖 第3回『自転車発電ランプ』の巻」
https://www.jp.tdk.com/techmag/ninja/daa31000.htm
OKWAVE「電磁誘導は何故起きるのですか?」
https://okwave.jp/qa/q6653186.html
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とにかくまず、がんがあるかどうかを判別

線虫の一種、カエノラブディティス・エレガンス
写真作者:SNSF Scientific Image Competition

新興企業のHIROTSUバイオサイエンスが、(2019年)10月、線虫という小さな生きものに人の尿のにおいを嗅がせ、それによりがんの有無を発見する検査法を実用化させる予定であることを発表しました。すでに1400人ほどで臨床検査をしており、特定率は85パーセントほど。2020年には実用化させるとしています。

日本IBMの「mugendai」というウェブ媒体の2016年3月の記事で、同社社長の廣津崇亮さんが取材に応えています。当時、廣津さんは九州大学大学院生物科学部門の助教でもありました。

「カエノラブディティス・エレガンス」(C.エレガンス)とよばれる線虫を対象に研究を始めたのは、東京大学4年生のとき。研究室の教授である飯野雄一さんから勧められて、この小動物の嗅覚について研究を始めたといいます。

そして、1999年に「Ras-MAPキナーゼ伝達経路はCエレガンスの嗅覚作用に重要である」(The Ras-MAPK pathway is important for olfaction in Caenorhabditis elegans.)という論文を『ネイチャー』に発表し、成果を示しました。Ras-MAPキナーゼ伝達経路とは、がんの原因となるras遺伝子からつくられるRASというタンパク質の活性化をきっかけに、分裂促進因子活性化タンパク質(MAP:Mitogen-activated Protein)キナーゼという酵素が活性化されるというシグナル伝達の経路のこと。

その後、九州大学に赴任したあとも、廣津さんがC.エレガンスの嗅覚の研究をつづけていると、佐賀県の伊万里有田共立病院で外科医をしている園田英人さんから、研究が進むような話をもちかけられたといいます。

園田さんは胃痛の患者に対して、胃のなかにいたアニサキスを除去したところ、アニサキスの食いついている部分に早期の胃がんを見つけたのだそうです。園田さんはイヌの嗅覚でがんの有無を見わけるための研究をしていました。廣津さんが線虫でおなじようにがんの有無を確かめようとしていたことを知り、園田さんは自身の経験や知見を廣津さん提供したようです。

そのころ廣津さんは、C.エレガンスの、好きな匂いには寄っていき、嫌いな匂いからは逃げる走性行動について研究をしていました。そしてついに、「がん患者の尿には寄っていき、健常者の尿からは逆に逃げていく」というC・エレガンスの走性行動を実験で突きとめたのでした。がんには、特有のにおいがあることが以前から知られていました。

この線虫を使ったがん検査法で特筆すべきことは、「とにかくまず、種類はなんであれ、がんがあるかどうかを判別できる」という点にあります。

従来のがん検査では、胃がん、子宮頸がん、肺がん、乳がん、大腸がんといったように、からだの部位別に調べられているため費用がかかります。いっぽう、線虫がん検査法では一挙に15種類のがんに反応することが確認されています。ですので、まずこの検査法で「とにかく、がんがあるかどうか」を判定してしまえば、「なし」の人は各部位のがん検査が不要になります。「あり」の人だけをさらに細かく検査していくだけでよいわけです。医療費の大幅な削減につながります。

自分のごくわずかな尿を提供すれば、自分にがんがありそうかどうかがわかる。これほど気軽に受けられるがんの検査法はこれまでなかったのではないでしょうか。普及していけば、がんによる死亡率なども相当に変わっていくのかもしれません。

参考資料
共同通信 2019年10月1日付「線虫でがん検査、20年実用化へ 東京のベンチャー、約85%特定」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191001-00000151-kyodonews-soci
mugendai 2016年3月17日付「尿1滴で、線虫が早期がんを嗅ぎ分ける! ――95.8%という驚きの高感度」
https://www.mugendai-web.jp/archives/5131
HIROTSUバイオサイエンス「論文」
https://hbio.jp/dsc/archives1
ウィキペディア「Rasタンパク質」
https://ja.wikipedia.org/wiki/Rasタンパク質
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「宇宙でも電気が通用する」という発見があったはず

写真作者:NASA/JPL/California Institute of Technology

宇宙空間で太陽光により発電をして、そのエネルギーを地球に送る「宇宙太陽光発電」の実現に向けた研究が進んでいるといいます。宇宙航空研究開発機構が以前から構想し、研究をつづけてきました。地球での太陽光発電とちがって、夜や悪天候の影響を受けないため、エネルギーの安定供給につながるといわれています。

そもそも、こうした技術は、「宇宙でも地球とおなじように電気のしくみが通用する」という大前提に立ったものです。宇宙太陽光発電だけではありません。「はやぶさ2」や国際宇宙ステーションなど、宇宙にある人工物も、基本的には電気により制御されています。人間の使ってきた電気のしくみが、宇宙空間でも使えるからこそです。

「あたりまえじゃないか」と考える人もいるでしょう。しかし、人が発明した技術のなかには「地球上だからできるが、宇宙空間ではできない」といったものも多くあります。たとえば、地球上ではあたりまえのように火を使っていますが、宇宙空間では酸素をもっていかないと火を使うことはできません。地球には酸素があり、宇宙空間には酸素がないからです。

電気を発見した人は、ギリシャの哲学者タレス(前624ごろ-前546ごろ)とも、米国の科学者ベンジャミン・フランクリン(1705-1790)ともいわれています。しかし、発見者がだれであれ、電気の発見は地球でのこと。その後、発見した電気を地球でさまざまな機器に利用することはできたものの、その利用範囲を宇宙空間にまで広めることができるかどうかは、やはり実証しなければならなかったはずです。

宇宙開発の歴史では、早くも1906年に、米国のロケット研究者ロバード・ゴダード(1882-1945)が、電気エネルギーを使ったロケットエンジンの実現性を検討していたといいます。また、1911年には、ロシアのロケット研究者コンスタンチン・ツィオルコフスキー(1857-1935)が、おなじく電気推進による宇宙船を提唱していました。

彼らはすでに「宇宙でも地球とおなじように電気のしくみが通用する」と考えていたのでしょう。となると、20世紀初頭よりも前に、だれかが「電気は宇宙でも利用できる」ことを理論的にあるいは実証的に確認したことになります。

では、そのだれかとはだれなのか。

ひとつ考えるべきは、英国の物理学者ジェームズ・マクスウェル(1831-1879)の存在です。彼は、1861年に電磁波の存在を予言するとともに、光もまた電磁波であることを予言しました。太陽や宇宙の星々から光が届くということは、電磁波、つまり電気の性質をもつ波は宇宙空間を通って地球に届くことを示します。こうしたことから、「宇宙でも地球とおなじように電気のしくみが通用する」という前提はできあがっていったのでしょうか。

参考資料
朝日新聞 2019年7月18日付「宇宙から電気を送る『究極』の太陽光発電 送電実験進む」
https://www.asahi.com/articles/ASM794VL8M79PLBJ002.html
宇宙航空研究開発機構 2015年「宇宙太陽光発電システム(SSPS)研究開発の現状と未来」
http://www.kenkai.jaxa.jp/publication/pamphlets/pdf/saizensen7.pdf
京都市青少年科学センター「空気のない宇宙でも火が燃えるの?」
http://www.edu.city.kyoto.jp/science/online/story/13/index.html
東北電力「電気の歴史をつくった偉大なできごと」
https://www.tohoku-epco.co.jp/kids/adv04_03.html
ウィキペディア「コンスタンチン・ツィオルコフスキー」
https://ja.wikipedia.org/wiki/コンスタンチン・ツィオルコフスキー
ウィキペディア「ロバート・ゴダード」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ロバート・ゴダード
中部電気保安協会「電気の基礎3 電気の歴史 年表」
http://www.cdh.or.jp/info/electric/foundation3/07.html
| - | 12:52 | comments(0) | trackbacks(0)
「横断する歩行者がいたら…ストップ」9割の運転者が怠る


千葉県内の道路上にある千葉県警察からの情報案内板には、「ゼブラ・ストップ作戦実施」という電光掲示が見られます。ゼブラ・ストップとはなんのことでしょうか。

横断歩道は路上にしま模様で示されているため「ゼブラゾーン」ともいいます。横断歩道での歩行者などの優先義務を車の運転者に徹底させることを目的とした運動を千葉県警はおこなっており、そのよびかけを「ゼブラ・ストップ」と名づけているのだそう。

さらにこの作戦では「ゼ・ブ・ラ」の3文字をそれぞれ鍵言葉の頭文字にしています。千葉県交通安全対策推進委員会のポスターから拾ってみると……。

ゼブラの「ゼ」は「前方」の「ゼ」。「『前方』をよく見て運転、横断歩道に十分注意」とのこと。

ゼブラの「ブ」は「ブレーキ」の「ブ」。「横断歩道の手前では『ブレーキ』操作で安全確認」とのこと。

ゼブラの「ラ」は「ライト」の「ラ」。「横断歩道でも3(サン)・『ライト』で交通事故防止」とのこと。「3(サン)・『ライト』」というのが謎ですが、これは「早めのライト点灯」「横断者も反射材などでライトアップ」「ライト(右)からの横断者にも注意」という「3つのライト」のことだそう。やけに「ラ」だけ複雑かつ難解であります。

こうした「ゼ・ブ・ラ」の内容までをきちんと把握して注意する運転者がどれだけいるかはわかりません。千葉県民でも0.1パーセントもいないのではないでしょうか。

しかし、ポスターにはもうひとつ、べつの重要なことが記されています。

「横断する歩行者がいたら…ストップ」

道路交通法の第38条には、「横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない」とあります。つまり、横断歩道のあるところでは、自動車でなく歩行者の優先が法律で定められているわけです。

しかし、日本自動車連盟の調べでは、信号機のない横断歩道での車の一旦停止率はわずか8.6パーセントにとどまっているといいます。

この実状からすると、「ゼブラ・ストップ作戦実施」は、ただひとつ「横断する歩行者がいたら…ストップ」を運転者に厳守してもらうことをめざすだけでよいのかもしれません。

参考資料
千葉県警察「ゼブラ・ストップ作戦実施中!」
https://www.police.pref.chiba.jp/kotsusomuka/traffic-safety_revision-zebra_stop.html
e-Gov「道路交通法」
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=335AC0000000105#253
日本自動車連盟 2018年10月25日「『信号機のない横断歩道』の車の一時停止率は8.6% 前年から0.1ポイントの増加に留まる 一時停止率が最も高かったのは『長野県』」
https://jaf.or.jp/common/news/2018/20181025-01
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学校で「探究」めざされる

写真作者:yamauchi

一世代前、つまり30年ほど前の学校教育ではあまり聞かれなかったものの、近ごろはとても聞かれるようになったことばに「探究」があります。学校で、生徒たちが「探究」するようになることが、とてもめざされているようです。

たとえば、高校では2019年度の1年生から「総合的な探究の時間」という科目が始まりました。これは、いままでの「総合的な学習の時間」に代わるものです。

また、2022年度からは、「理数探究」や「理数探究基礎」とよばれる科目が新たに始まります。

これらの新科目を待たずとも、いまも学校では「探究」の大切さがいわれています。学校や先生のなかには、この「探究」を意識して教育や授業に臨んでいるということもあるでしょう。

一般的な「探究」の語感は、「ものごとの真相や価値などを深く考え、そして明らかにしていく」といったところでしょうか。「探って、究める」わけです。

学校の現場でめざされる「探究」は、この一般的な語感よりも、さらに細分化された多くの段階を踏んだものであるようです。たとえば、「総合的な探究の時間」では、生徒がつぎのように学んでいくことがめざされています。下記は、文部科学省の学習指導要領の解説からです。
_____

1 日常生活や社会に目を向けたときわきあがってくる疑問や関心に基づいて、みずから課題を見つける。

2 そこにある具体的な問題について情報を収集する。

3 その情報を整理・分析したり、知識や技能に結びつけたり、考えを出しあったりしながら問題の解決にとりくむ。

4 明らかになった考えや意見などをまとめ、表現し、そこからまた新たな課題を見つけ、さらなる問題の解決を始める。
_____

一般的な「探究」とのちがいとして特筆すべきは「4」の「表現し」や「新たな課題を見つけ、さらなる問題の解決を始める」の部分です。明らかにしたら、究めたらおしまいでなく、それを人に伝えること、さらに、つぎの課題発見につなげることまで求められているわけです。自分が明らかにしたことを人に伝えたくなるのも、そこから新たな謎が浮かぶのも、どちらも当然の流れといえばそうですが、文部科学省はこれらのことも明文化して、生徒におこなわせることを強調しています。

また、「理数探究」や「理数探究基礎」については、これらの科目の「基本原理」の案が、おなじく文部科学省から示されています。つぎのようなもの。
_____

1 さまざまな事象に対して知的好奇心をもつとともに、教科・科目の枠にとらわれない多角的、複合的な視点で事象を捉える。つまり「総合性」。

2 科学的な見方・考え方や数学的な見方・考え方を豊かな発想で活用したり、くみあわせたりする。つまり「融合性」。

3 そうしながら、探究的な学習をおこなう。これは「手立て」。

4 これらを通じて、新たな価値の創造に向けて粘りづよく挑戦する力の基礎を培う。つまり得るべきは「挑戦性やアイデア創発」の力。
_____

この「基本原理」からは、これまでの教科や科目ごとに区切られてきた学びからたからの脱却がめざされていることがうかがえます。また、「4」の培うべきもの、つまり「新たな価値の創造に向けて粘りづよく挑戦する力」は、よくいえば崇高な、べつのいい方をすれば高望みな理想ではないでしょうか。

生徒のなかには、こうした意味での「探究」のしかたを、自分の生き方や学び方を通して身につけている人もいるでしょう。しかし、それはごく一握りにすぎないもの。となると、学校の先生たちがいかに、生徒に「探究の型」のようなものを身につけさせるかが大切になってきそうです。

参考資料
文部科学省 2018年7月「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 総合的な探究の時間編」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/28/1407196_21_1_1_1.pdf
文部科学省 教育課程部会高等学校の数学・理科にわたる 探究的科目の在り方に関する特別チーム 2016年4月13日「理数探究(仮称)に関する資料」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/060/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/05/12/1370460_12.pdf
| - | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0)
自動車と自転車は重視するが、歩行者は……
茨城県つくば市には、東京に集中していたさまざまな研究機関を移すという国家事業により、街がつくられてきた経緯があります。この新都市は「筑波研究学園都市」ともよばれています。

2005年に鉄道のつくばエクスプレスが開業するまで、つくば市には鉄道がなく、自動車を移動手段とする街でした。いまも、主流は鉄道より自動車といえます。そのため都市計画では、学園東大通りや学園西大通りをはじめとする幅員のとても長い道路を置き、自動車移動がしやすい街がめざされました。

近年、つくば市は「自転車のまちつくば基本計画」という都市計画も立てています。快適に自転車を使えるための整備を進め、自転車の担う市内の交通分担率を高めていこうというもの。筑波山を除けば市は平坦であり、自転車移動の利点をより大きくする余地があります。

自動車や自転車、つまり車両の移動の整備が進められたいっぽうで、徒歩で移動する人たちに向けての道路の整備は進んできたでしょうか。

つくば市内を歩いて移動すると、さまざまなところで実感されるのが「歩道が車道の片側にしかない道路が多い」ということです。たとえば、下の衛星写真はつくば市内のある街路。道の左側には歩道があるものの、右側には歩道がなく、道路のすぐとなりまで駐車場がせり出しています。右側には商店や共同住宅もあるので、人の通行はあるはずです。


つくば市内の道路
Google Earth Pro

また、交差点の歩道部分には、数センチメートル四方の御影石が敷きつめられています。一見、どの街でも見かけそうな舗装のしかたです。しかし、歩行者がここを歩いてみると、ブロックの高低差やブロックそのものの凹凸が相当あり、ふつうに歩くだけでも足裏にごつごつと当たる感覚を抱きます。



ある記者は、つくば市内で研究者に取材をしたとき、「街を歩くときは自動車に気をつけてください」と言われたそうです。そして、実際に街を歩いていると、この研究者の忠告にあったように、自動車により危険な目に遭ったのだそう。

「歩道をふつうに歩いていると、店先に停めてあった自動車がバックしてきました。自分の前で止まってくれるかと思いきや、そのままバックをつづけ、自分にぶつかってきました。危ないじゃないかと思って運転者を見ると、『あれ、いたの』という表情をしていました」

この人の経験だけから一般化することはできないものの、「街を歩いて移動する人」の存在が、自動車や自転車にくらべると重視されてはいない印象をあたえます。市民のなかにも「ガタガタなペデストリアンデッキ」の改善を訴えるような発信が見られます。

自動車や自転車の通行よりも、歩行者の保護が優先されるという原則が、道路交通法などでは記されています。車両より歩行者のほうが弱い立場にあるからです。この考えかたからいえば、街の道路のありかたも、「歩行者のことを考える」という前提に立つべきでしょう。

参考資料
つくば市「筑波研究学園都市とは」
https://www.city.tsukuba.lg.jp/jigyosha/machinami/kenkyugakuen/1002135.html
つくば市「自転車のまちつくば基本方針」
https://www.city.tsukuba.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/001/965/jitensya_kihonkeikaku_2syou_3syou.pdf
「未来をぼくらの手で」へ。2013年3月6日付「つくばのガタガタなペデストリアンデッキ(歩道)をどーにかしてよ!」
http://miraiisourhunds.blog.fc2.com/blog-entry-45.html
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眼の裏に、重要なはたらきあり

写真作者:coniferconifer

ザリガニなどの甲殻類では、飛びだした黒い眼が特徴的です。この眼には「まわりを見る」という役割があるのはもちろんですが、眼の部分の内側にはべつの大切な役割があるといいます。

甲殻類の顔の表面から眼までの棒状の部分を「眼柄」といいます。この眼柄の内側には「血洞腺」という内分泌器官と、「X器官」という器官があります。

内分泌器官ということは、ホルモンがここから出されるということ。甲殻類の血洞腺からは「眼柄ホルモン」とよばれるホルモンが出されます。

この眼柄ホルモンを出す血洞腺と、そのすぐ近くにあるX器官は、「甲殻類といえば」といった数々の特徴に深くかわっているといいます。しかも、それらの特徴を抑制する方向で。

たとえば、ザリガニを飼っているといつのまにか脱皮をしていることがありますが、この脱皮を抑制するのは、血洞腺とX器官のはたらきによるもの。

また、飼っているザリガニが卵を産むのを見ることもあるでしょうか。いっぽうで、産卵に必要な過程である卵巣の成熟・発達を抑えることも、この血洞腺とX器官が担っているといいます。

ほかにも、甲殻類は種によっては、生きているなかで体色を変えることができますが、これも眼柄ホルモンが関係しています。

血洞腺そのものがホルモンをつくることはないものの、脳やX器官などからきたホルモンを貯えます。そして、放出します。

眼の裏側に、甲殻類を甲殻類たらしめる、こんな重要な役割を担う器官があるとは! つぶらでかわいらしいお眼めが、より愛おしく見えてきます。

参考資料
日本大百科全書「眼柄」
https://kotobank.jp/word/眼柄-471413
ブリタニカ国際大百科事典「サイナス腺」
https://kotobank.jp/word/サイナス腺-68143
ブリタニカ国際大百科事典「X器官」
https://kotobank.jp/word/X器官-36754
GOOD AQUA「ミナミヌマエビのカラーバリエーション」
http://aquagreen.main.jp/shrimps/minamiColors/minamicolors.htm
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会議室Aで13時から、営業会議と総務会議を同時開催


日々、人とともに仕事をしている人は、みんなでものごとを決めるために、会議やうちあわせをするのではないでしょうか。

企業にある会議室はたいてい予約制で使えるようになっています。たとえば「2日の13:00から14:00」と予約すれば、その日のその時間帯を使うことができる。14:00になると、べつの会議をする人たちが会議室にやってくるかもしれませんし、予約が入っていなければ会議室を使いつづけることもできます。

つまり、「ひとつの会議室のひとつの時間帯では、ひとつの会議がおこなわれる」という大前提があるわけです。

では、この大前提を度がえしして「ひとつの会議室のひとつの時間帯で、ふたつの会議がおこなわれる」となったら、どんな状況になるでしょうか。

たとえば、ある企業の「会議室A」で、きょうの13時から14時にかけて、「営業部の社員たちが新製品の営業方針について話しあう会議」と、「総務部の社員たちが新入社員研修の進めかたについて話しあう会議」が、同時におこなわれるとします。

営業の社員たちはなんとなく会議室の奥のほうの座席に座り、総務の社員たちはなんとなく会議室の手前のほうの座席に座ります。しかし、会議室にはしきりがなく、営業の社員のすぐとなりには総務の社員が座っているという状況もあります。

「えー、では今回の新製品の販売目標について、まずは確認していきたいと思う」「来年度は8人の新入社員が入る予定です」「今回の新製品では前機種から大幅なリニューアルがされたため、新規顧客だけでなく買いかえ顧客もターゲットとなる。したがって」「8人のうち、新卒は6人で、中途は2人になります」

「うぉーい! 待て待て待てーい! おれたちなにやってんねん!」と、営業部長あたりが、この錯綜的状況に対してつっこみを入れるかもしれません。orz。

もし、「1会議室2会議制」になにか目的や利点を見いだそうとするならば、それはただひとつ、つぎのようなことになるのではないでしょうか。

「身のまわりの環境が騒然としているなかで、自分たちの話しあいを集中して続ける能力が鍛えられる」

たとえば、若い学生客が大挙して押しよせ、たいへん賑やかなファミリーレストランで、その企業の社員たちが仕事のうちあわせをなぜかするといったような場合、「1会議室2会議」の経験を積んでおけば、元気な学生たちの騒がしさを気にすることなく、きちんと目的どおりのうちあわせができるかもしれません。

さらに、「1会議室2会議」をするとき、「おたがいの会議の内容が微妙に関連しあうもの」に設定すると、さらに自分たちの会議への集中力や持続力を高める効果を得られそうです。

たとえば「営業の社員たちによる新製品の営業方針について話しあう会議」と「開発の社員たちによる新製品のつぎの製品の方向性について話しあう会議」とか、あるいは「総務部の社員たちが新入社員研修のしかたについて話しあう会議」と「財務部の社員たちが来年度の予算配分のしかたについて話しあう会議」とかです。

自分の話していることとまったく関係ないことがもうひとつの会議で話しあわれているよりも、すこし関係あることが話しあわれているほうが、意識が移ってしまうおそれが高い。つまり、より厳しい状況のなかで鍛えられるわけです。

しかしながら、意図的に「1会議室2会議」をおこなっているような企業や集団は、いまのところ聞かれません。それは、そうした会議をすることで得られる成果よりも、失われる成果のほうがはるかに大きいからにちがいありません。
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干渉法で、ねらった遺伝子のはたらきを抑えこみ

画像作者:Michael Y. Kuhn

(2019年)9月4日(水)日本初となる「RNA(リボ核酸)干渉薬」が保険の適用を受けました。ある種の末梢神経の病気を治療するための薬とされます。RNA干渉薬とはどういったものでしょうか。

この薬は「パチシランナトリウム」といいます。治療対象となるのは「トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー」という病気です。末梢神経は全身に走っているため、その症状はめまい、立ちくらみ、動悸、嘔吐、下痢、しびれなど、さまざまになります。

「アミロイドポリニューロパチー」は、抹消神経などにアミロイドとよばれる異常なタンパク質が沈着し、それが原因で上にあるような症状が生じる病気。「家族性」とつくのは、家族で生じる、つまり遺伝子が関係する病気であることを指します。では、どんな遺伝子が関係するかというと、「トランスサイレチン」という遺伝子が関係します。この遺伝子が異常なタンパク質、つまりアミロイドをもたらすわけです。

この病気では、もし、トランスサイレチン遺伝子のはたらきを抑えこむことができれば、アミロイドはつくられなくなるはずです。その「抑えこみ」をするために、この薬で使われている技術が「リボ核酸干渉法」です。

リボ核酸干渉法では、はたらきを抑えこみたい遺伝子とおなじ塩基配列をもつ2本鎖のリボ核酸(RNA:RiboNucleic Acid)を細胞内に入れます。以前、リボ核酸はもっぱら1本鎖で存在すると考えられていましたが、いまでは2本鎖のものも存在することが確かめられ、また人工的につくりだされてもいます。

細胞内に入れられた2本鎖リボ核酸は、そこで「ダイサー」とよばれる酵素により切断され、短い2本鎖リボ核酸になります。

さらに、この短い2本鎖リボ核酸は、ある種のタンパク質と結合します。そうなるとこの結合体は、はたらきを抑えこみたい遺伝子からつくられた「伝令リボ核酸」(mRNA:messenger RiboNucleic Acid)というリボ核酸を分解してしまいます。伝令リボ核酸は、遺伝子からタンパク質がつくられるまでの過程に必要となるため、これが分解されればタンパク質はつくられないことになります。つまりねらった遺伝子のはたらきを抑えこめるわけです。

このたびの新薬パチシランナトリウムは、トランスサイレチン遺伝子がつくる伝令リボ核酸を分解させて、異常なアミロイドタンパク質を生じさせないようにするというもの。

2本鎖リボ核酸が伝令リボ核酸を分解できることは、1998年、米国の生物学者アンドリュー・ファイヤー(1959-)とクレイグ・メロー(1960-)により発見されました。この研究成果を理由として2006年、この2人にノーベル生理学・医学賞が贈られています。

参考資料
日経メディカル 2019年8月30日付「新薬 パチシラン(オンパットロ)TTR型FAPを治療する国内初のRNA干渉治療薬」
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/series/drug/update/201908/562041.html
TTRFAP.jp「TTR-FAPの概説」
https://www.ttrfap.jp/before/index.html
知恵蔵「RNA干渉」
https://kotobank.jp/word/RNA干渉-185370
imidas 時事用語辞典「RNA干渉(RNAi)」
https://imidas.jp/genre/detail/K-109-0006.html
程久美子「RNA干渉」
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/keywords/04/03.html
News@nature.com 2006年10月5日付「RNA干渉の若手研究者がつかんだノーベル医学生理学賞」
https://www.natureasia.com/static/ja-jp/ndigest/pdf/v3/n11/ndigest.2006.061105.pdf
| - | 18:21 | comments(0) | trackbacks(0)
「歌のなかに口笛」で印象を高める


写真作者:viviandnguyen_

現代の歌謡曲などの楽曲は「演奏と歌」を基本にしています。楽器により音楽が奏でられるなか、歌い手が歌詞のついた歌を歌うということです。

しかし、なかには歌い手が歌詞つきの歌を歌うかわりに、べつの表現方法を使って楽曲に特徴を加えることがあります。たとえば、歌の途中でハーモニカやオカリナを吹いたり、声を鼻に抜いて「フンフフフフフーン」とハミングしたりといったことです。

「口笛」も、歌詞を歌うのとはべつの方法で、曲に特徴を加えるものといえるでしょう。

口笛は、口のなかで空気の渦を生じさせ、さらにそれを響かせることで鳴らす音です。歌の上手さ・下手さと口笛の上手さ・下手さはある程度、関連しているようで、口笛が音痴だと「感覚性音痴」とよばれる脳が問題が原因の音痴である場合が多いとのこと。

口笛の名手として名高かったのが、歌手の坂本九(1941-1985)です。その実力がわかるのは、全米ビルボードでも第1位を獲得した、永六輔作詞、中村八大作曲の「上を向いて歩こう(SUKIYAKI)」。曲調の変わる「幸せは雲の上に」というBメロディをふくめ、坂本がひととおりの歌詞を歌い終えたあと、「上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 思い出す 春の日 一人ぽっちの夜」という出だしの歌詞に相当する部分を、口笛で表現しています。さらに、この楽曲の終わりも口笛をフェイドアウトさせることで締めくくっています。高音に変わるところでも安定感があり、とても明瞭です。

この坂本の口笛に触発されたのでしょう、スウェーデン出身のディスクジョッキー、アヴィーチー(1989-2018)も「Freak」という楽曲に「上を向いて歩こう」の坂本による口笛を音源に使っています。

また、ほかの楽曲でも口笛が効果的に使われているものはあります。たとえば、ビリー・ジョエル作詞・作曲の「ザ・ストレンジャー」では、ジョエルが歌うまえと歌ったあと、歌の部分とはちが曲調の口笛が流れ、哀愁感を漂わせます。

また、スガシカオ作詞・作曲の「夜空ノムコウ」では、「あれから僕たちはなにかを信じてこれたかな」という歌詞のAメロディの部分を途中で口笛に代えることにより、切なさを醸しだしています。

歌として歌うところを口笛に代えることにより、たとえ歌とおなじ曲調であっても、聴く人々に、歌とはまたちがう印象をあたえることができる。そうした効果が歌のなかの口笛にはあります。

参考資料
ウィキペディア「上を向いて歩こう」
https://ja.wikipedia.org/wiki/上を向いて歩こう
ShareWis PRESS 2013年10月17日付「音痴かどうかは口笛でわかる?自分が音痴か知る口笛チェック法」
https://press.share-wis.com/no-ear-for-music
KoKaNet!「口笛はどうして鳴るの?」
https://www.kodomonokagaku.com/hatena/?94088f9049d9259e5a4634c9ad4af701
Youtube「Avicii - Freak (Lyric Video) ft. Bonn」
https://www.youtube.com/watch?time_continue=180&v=Jc2xfYuLWgE

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ヘッドホン誕生は1880年代、イヤホン誕生は1980年代

写真作者:renatomitra

日ごろ出かけているときにヘッドホンやイヤホンで音楽やラジオなどを聴いている人は、それらを家に忘れてきたと気づいたとき、絶望感にさいなまれるのではないでしょうか。

電車に乗っているときでも、歩いているときでも、まわりの人に音を聴かせることなく、自分の好きな音楽や番組を鑑賞しつづけることができる。愛用者にとっては、これほど便利な道具はないといったところでしょうか。

たまに、街なかで、スマートフォンを片耳に当てています。電話でしょうか。でも話しているようすはありません。おそらく、ヘッドホンをもち忘れてしまい、直接スピーカーから微弱音を出して、まわりにはできるだけ音漏れしないようにして聴いているのでしょう。

ヘッドホンやイヤホンで音が聴こえるしくみとはどういったものでしょう。スマートフォンやラジオなどから発される音源の電気信号が、ヘッドホンのケーブルを介して「ドライバーユニット」とよばれる耳元の音の出る素子まで伝えます。このドライバーユニットには振動板があり、ここで音源の電気信号が振動に変換されます。この振動が音となり、耳に届くのです。また、耳に蓋あるいは栓をした状態で音が出るので、高音や大音でなければ音が外に漏れでることはほぼありません。

ヘッドホンの原型にあたる装置が世に出たのは19世紀だったといいます。音楽鑑賞用でなく、電話交換手が使う片耳用のものでした。その後、1881年に開かれたパリ国際電気博覧会で、音楽鑑賞用のヘッドホンが発表されたとのこと。電話回線を通じて劇場の音声を聴きとるための道具として使われたとのこと。さらに、いまも使われているオーバーヘッド型のヘッドホンは1906年ないし1907年には、ラジオ放送聴取向けに使われだしていたといいます。

また、ドライバーユニットを耳にそのまま入れる「インナーイヤーヘッドホン」つまり「イヤホン」が発売されたのは意外にも最近で、1982年のことだそう。ソニーの「MDR-E252」がそれに当たります。

いまも、歩きながら、走りながら、仕事をしながら、多くの人がヘッドホンやイヤホンを耳にして「自分の好きな音」を自分だけで聴いていることでしょう。

参考資料
わたしのオト 2019年4月26日付「イヤホン誕生前夜 ヘッドホンの歴史」
https://www.j-cast.com/justmysound/2019/04/26355979.html
わたしのオト 2019年5月24日付「イヤホンの誕生 ポータブルオーディオという新世界」
https://www.j-cast.com/justmysound/2019/05/24358088.html
wikipedia “Nathaniel Baldwin”
https://en.wikipedia.org/wiki/Nathaniel_Baldwin
オーディオテクニカ「ヘッドホンを識る」
https://www.audio-technica.co.jp/headphone/navi/whatis/index.html
ソニー「ヘッドホンとドライバーユニットの切っても切れない関係とは。」
https://www.sony.jp/headphone/special/park/special/history2.html
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PC-8000発売から40年、パーソナルコンピュータ普及率は頭うち

写真作者:htomari

きょう(2019年)9月28日(土)は、日本電気がパーソナルコンピュータのPC-8000シリーズを1979年に発売してからちょうど40年にあたります。当初のPC-8000の価格は、16万8000円だったとのこと。そして、9月28日は、「パソコン記念日」とされているそうです。

パーソナルコンピュータが発売された当初は、世間でも一部の人が興味を示す状況だったことでしょう。しかし、1980年代の「マイコンブーム」つまり、マイクロコンピュータとよばれる小型のコンピュータの流行があり、1990年代にはマイクロソフトからオペレーションシステムの「ウィンドウズ」が発売され、1990年代後半から2000年代にかけて、パーソナルコンピュータは一気に普及していきました。

この普及期を過ごしてきた人たちには、紙などアナログの手段でおこなっていた作業が、コンピュータによるデジタルの手段に切りかわった経験が多くあります。職場での意思伝達は伝票から電子メールによるものに切りかわり、また、就職活動の応募もはがきからインターネットによるものに切りかわりました。デジタルの手段に切りかわった要因に、パーソナルコンピュータの存在があるのはまちがいありません。

しかし、2000年代後半に入ると、早くもパーソナルコンピュータの普及率は頭うちとなりました。2人以上の世帯における普及率は、2007年に70パーセントを超えましたが、それからいままで80パーセントに届くことはなく、ずっと70パーセント代を推移しています。「高どまり」と見ることもできますが、世帯あたりの保有台数は2010年代に入り、ついに減りはじめています。

世のなかは、ほぼ完全にデジタルのしくみが主流となりました。パーソナルコンピュータも、もちろんデジタルのしくみのうえにあるものではあります。しかし、個人あるいは法人が利用するデジタルの道具は、もはやパーソナルコンピュータだけではなくなりました。すくなくとも大学生までの世代では、完全にデジタルの道具の主流はスマートフォンにとって代わられています。

とはいえ、文書を綴っていくという作業の効率性は、いまのところパーソナルコンピュータの上に出るものはありません。つまり、とって代わられない特性もパーソナルコンピュータはもっています。スマートフォン、そして、さらに「次」のデジタルの道具が現れていく未来において、パーソナルコンピュータは存在しつづけるでしょうか。

参考資料
はてなキーワード「パソコン記念日」
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D1%A5%BD%A5%B3%A5%F3%B5%AD%C7%B0%C6%FC
HH News&Reports「デジタル・ヒストリー 1979年9月28日 PC-8000シリーズ発売」
https://www.hummingheads.co.jp/reports/d-history/141014.html
不破雷蔵 2018年5月2日付「パソコンの普及率の長期推移をさぐる」
https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20180502-00084650/
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女性執筆者が多くなれば、内容も女子生徒向けに


理科や数学の教科書の最後のページを見ていると気づくことがあります。執筆者の多くが男性であるということです。理科にかぎったことではないかもしれませんが。

どの出版社の教科書も、たいてい大学の教授や高校の教諭など複数人により書かれているもの。数ある教科書のなかで「女性の執筆者のほうが男性より多い」といったものは、すくなくとも数学や理科では、これまでのところめったにないか、まったくないのではないでしょうか。

概して、女子のほうが男子よりも、数学的な知識や科学的な思考を使った問題を解くのは苦手なようです。経済協力開発機構がおこなっている生徒の学習到達度調査(PISA:Programme for International Student Assessment)における分析では、状況を数学的に定式化することを求められるような出題で、女子の成績は男子の成績より悪い傾向にあるといいます。

また、なにかの現象について科学的に解釈をして、変化を予測するために科学の知識を当てはめていくような出題でも、女性のほうが成績が悪い傾向にあるといいます。

いっぽうで「興味」という点では、女子のほうが男子よりも興味をもつ傾向にあるものごともあります。一般的にいって、女子は「自分の身近で起きている現象」に興味をもちやすく、また、「美を求めたり評したりするような事象」にも興味をもちやすいとされます。

こうした能力や興味の男女差が実際あるものとしましょう。では、教科書の執筆者に男性ばかりが名を連ねていたら、その男女差にはどのような影響が生じうるでしょうか。逆に、教科書執筆者の多くを女性で占めるようになったら、その男女差にはどのような変化が生じうるでしょうか。

男性執筆者が多い教科書の記述内容は、やはり男子生徒に興味や理解をもたれやすいのではないでしょうか。逆に、女性執筆者が多い教科書は、女子生徒に興味や理解をもたれやすくなるのではないでしょうか。どちらの場合も、教科書執筆者と教科書利用者が同性どうしだからです。

女子向けの理科教育をすれば、女子はより興味を示すようになることを示唆する研究も見られます。たとえば、教育学者の稲田結美さんという方が書いた「理科学習に対する女子の意識と態度の改善に関する実践的研究」という論文。女子中学生がとりわけ苦手とする「電流とその利用」という単元を、女子向けの教え方にして授業を試みてみた結果が述べられています。

試みでは、女子の美的観賞への意識の高さを重視して「独創的で美しい電飾を作ろう!!」という実験をとり入れてみたそうです。すると、この実験はかなり女子の好感度が高かったといいます。効果が見られなかったほかの試みもあったようですが、「女子の興味の抱きかたを考えたうえでの授業は、女子の興味をひく」ということがいえそうです。あたりまえですが。

教科書でも、おなじようなことはいえないでしょうか。女性の執筆者が増えれば、それだけ「女性の観点での理科への興味」が教科書の記述に反映されていくことになります。それは、教科書を使う女子生徒たちの興味や理解の助けになるのではないでしょうか。

参考資料
経済協力開発機構「教育における男女格差の背景」
https://www.oecd.org/pisa/pisaproducts/pisainfocus/PIF-49%20(jpn).pdf
朝日新聞 2015年3月19日付「読解力・数学で男女に差 15歳の学習到達度を分析」
https://www.asahi.com/articles/ASH350DF0H34UTIL05T.html
稲田結美「理科学習に対する女子の意識と態度の改善に関する実践的研究 中学校理科『電流』単元を事例として」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjst/54/2/54_12039/_pdf
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「火災件数 0件」は都民全員で誇れる記録


東京消防庁「災害・救急情報」より

きのう(2019年)9月25日(水)は、東京都民みなさんにとって「とても誇れる一日」となったのではないでしょうか。なったにちがいありません。

東京都のほぼ全域にあたる東京消防庁の管轄地域で、きのう25日(水)「火災件数 0件」が記録されたのです。同庁の管轄でない都内の地域は稲城市と島嶼部のみ。これらの地域でも、きのう1日に火災が起きていなければ、「東京都で消防隊が出動するような火災はまったくなく、丸一日を終えた」ということになります。

同庁の報告によると、2019年1月から6月における管轄地域での火災件数は12.4件。つまり、ならすと12.4件の火災が都内のどこかしらで毎日おきていたわけです。ところが、それが「0件」に。驚異的な記録と捉えることができます。

一般的に、統計では対象となるものの規模が小さいほど、特異な結果となる確率は高まり、逆に対象の規模が大きくなればなるほど、特異な結果となる確率は低くなるものです。

たとえば、江戸川区だけとか、狛江市だけとか、小さな規模の対象だけをとってみれば、1日の火災が0件となる場合も相当に起こりえます。

しかし、都内ほぼ全域が対象となると、かならずといってよいほど「どこかしら」で火災が起きます。その火災がどこで起きるのかは、前もってわかるべくもありません。けれども実際のところ、毎日かならず「どこかしら」で火災は起きてきました。そのくらい「東京都」という統計の対象の規模は大きいものなのです。「火災0件」という特異な結果になる確率はきわめて低いはずです。

では、この「火災件数 0件」を、統計学的に極めてめずらしいと驚いて済ませるだけでよいのでしょうか。決してそうではありますまい。「火災件数 0件」は、非常に多くの人が関わる「人為的な原因」によるものだからです。東京都民や都内勤務者たち一人ひとりの小さな心がけや注意の積みかさねによって「火災件数 0件」は達成されました。

すくなくとも東京消防庁の管轄地域内で「火災件数 0件」を達成したのは、1952年に統計をとり始めてからは初めてとのこと。都がすべての都民に「東京都栄誉賞」を贈るか、「都の記念日」として定めるか……。そのくらい誇れるできごとです。

参考資料
東京消防庁「災害・救急情報」
http://www.tfd.metro.tokyo.jp/saigai/nikkan.htm
TBSニュース 2019年9月26日付「東京消防庁管内で“火災件数ゼロ”」
https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3788361.htm

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「暑さ寒さも彼岸まで」はまずまず当たっていそう


2019年は、9月20日(金)から26日(木)までが秋の彼岸。秋分の日だった23日(月祝)が中日です。

ことわざに「暑さ寒さも彼岸まで」というものあります。秋の場合、暑さも彼岸のころにはやわらいでしのぎやすくzなる、といった意味になります。これは、いい得ているのでしょうか。

最高気温が30度を超えれば、かなりの人は「暑い」と感じることでしょう。ほんとうは湿度も「暑い」という感覚に大きくかかわっていますが、湿度の要素をふくめると話が複雑になるため、ここでは最高気温のみで考えます。

東京での、気温30度以上となる真夏日が、秋の彼岸よりも後日に生じているかどうか。2016年から2018年までの3年分、気象庁の気象データから確かめてみます。

2016年秋の彼岸の明けは9月25日。しかし、彼岸明けの翌日26日には30.1度、さらに28日には30.6度の真夏日を記録しています。さらに、10月に入っても、4日に32.0度、6日に31.3度を記録。

2017年の秋の彼岸の明けは9月26日。この年は、彼岸明け以降に真夏日となった日は観測されていません。最後の真夏日は、彼岸の入りより2日前の9月18日で33.3度。10月に一度、29.0度の最高気温が記録されましたが、彼岸明け以降で目だつ気温はそのくらい。ことわざの面目躍如といったところです。

2018年の秋の彼岸の明けは9月26日。この年は、10月になってから、1日に32.3度、7日にも32.3度の最高気温を記録しています。それ以降は日に日に最高気温が下がっていきます。

東京のみの記録のため一概にはいえませんが、「暑さ寒さも彼岸まで」についてはつぎのようなことがいえるのではないでしょうか。

ときどき「暑さ」が戻る例外的な日はあるものの、まずまず当たっている――。

あるいは、人びとは「暑さ寒さも彼岸までだ」と願望的に自分たちに言いきかせて、暑さをしのいでいたのかもしれませんが。

あす26日(木)は秋の彼岸の明け。予報では東京で最高気温28度ですが、名古屋と大阪で31度と予想されています。その後はどうなるでしょうか。

参考資料
気象庁「過去の気象データ検索 日ごとの値」
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/daily_s1.php?prec_no=44&block_no=47662&year=2016&month=09&day=23&view=p1
| - | 17:01 | comments(0) | trackbacks(0)
看護師にして、統計の先駆者にして、説明の達人
人に知らせたい情報を視覚化すると、相手に伝わりやすくなることがあります。行と列で組んだ表に数値を並べるより、x軸y軸上に点を打っていくほうが理解が進むことがあるわけです。

ものごとがどうなっているかを視覚化して示す。この人類の営みについて重要な役割を果たした人物が、英国の看護師フローレンス・ナイチンゲール(1820-1910)です。


フローレンス・ナイチンゲール

ナイチンゲールというと、看護師の地位向上や、赤十字運動への尽力といったことで知られています。しかしそれだけではなく、統計学の知識を駆使することと、情報を視覚化させることにも長けていました。

1853年にウクライナ南部のクリム半島で勃発したクリミア戦争では、オスマン帝国、英国、フランス、サルジニアの連合軍と、ロシアが激しく戦いました。

翌年の1954年、クリミア戦争の惨状を知ったナイチンゲールは、オスマン帝国のイスタンブールに開かれた野戦病院に38人の看護師をつれて赴きました。ここで、彼女は、看護師それぞれの役割を明確にしたり、医療的な補給のしくみを整備したりと、大活躍をしました。

結局この戦争は、1856年にパリ条約が締結されて終結。ロシアの敗北で幕を閉じました。

英国に帰国したナイチンゲールは、女王ヴィクトリア(1819-1901、在位1837-1901)に謁見します。ここで、ナイチンゲールは女王にふたつの円グラフを示します。図の見だしは「東部駐屯兵士における死亡率の要因の図」(Diagram of the Causes if Mortality in the Army in the East)というもの。


東部駐屯兵士における死亡率の要因の図

ひとつめのグラフは、1855年4月から1856年3月までの1年間を12か月に等分し、青、赤、黒で色わけしたもの。青色の示す部分は感染症による死亡率。赤色の示す部分は負傷による死亡率。黒の示す部分はほかの原因による死亡率を示しています。

ふたつめのグラフは、その1年前、1854年4月から1855年3月までの1年間を12か月に等分し、おなじく感染症の青、負傷の赤、そのほかの黒で色わけしたもの。

どちらのグラフでも、感染症の青の面積が、ほかの色の面積よりとても大きくなっています。これらのグラフによりナイチンゲールはビクトリア女王に、戦死者の多くが負傷やほかの原因でなく、感染症により死亡したかを示し、病院の衛生状態が不十分であることを訴えたのです。

ビクトリア女王は、数字を見るのが嫌いだったといいます。しかし、こうして視覚化して伝えれば、いかに病院の衛生状況が悪いかも伝わるというもの。これで女王は惨状を理解し、納得したといいます。

このグラフのもととなった統計分析を、ナイチンゲールはロンドンのバーリントンホテルで周到におこなったといいます。グラフについても、女王に伝わるものをと心がけたにちがいありません。

この円グラフはいまも「鶏頭図」あるいは「鶏のとさか」とよばれ使われています。ナイチンゲールは、看護師であり、統計学の先駆者であり、説明の達人でもあったのです。

参考資料
ブリタニカ国際大百科事典「ナイチンゲール」
https://kotobank.jp/word/ナイチンゲール-107370
デジタル大辞泉「クリミア戦争」
https://kotobank.jp/word/クリミア戦争-486296
草の実堂「ナイチンゲールの真の功績 について調べてみた 統計学の先駆者」
https://kusanomido.com/study/history/western/21987/
総務省統計局 統計学習の指導のために(先生向け)「ナイチンゲールと統計」
https://www.stat.go.jp/teacher/c2epi3.html
Florence Nightingale “Diagram of the Causes if Mortality in the Army in the East”
https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Nightingale-mortality.jpg
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